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TOV
TOX2
ユーリ。ボタンに合成するのに透過で作ってあります。
合成済み。この後にX2ハマって途方にくれたとかそんな。
なんとなくな学パロにょゆり。多分ついったが大元。
ユーリ。ボタンに合成するのに透過で作ってあります。
合成済み。この後にX2ハマって途方にくれたとかそんな。
なんとなくな学パロにょゆり。多分ついったが大元。
ユーリ。ボタンに合成するのに透過で作ってあります。
合成済み。この後にX2ハマって途方にくれたとかそんな。
なんとなくな学パロにょゆり。多分ついったが大元。
Other
Text/Novel
TOV
■原作ベース/□現パロ/◆パロディ/◇女体化
でできるだけ表記します。
結婚狂奏曲■◇《R18》
ユーリ女体化・原作ベース:ゲームのその後からのドタバタ結婚騒動記です。
オフライン発行物によりサンプルのみ。
Prologue
(ねぇユーリ)
(ん?)
それは幼い頃の記憶。
(大きくなったら・・・僕のお嫁さんになってよ)
(お嫁さん?)
(そう、ケッコンしよう)
(ケッコンって?)
(ずっとずっと一緒にいられる約束だよ)
(ずっとフレンと一緒?)
(そうだよ、ずっとユーリと一緒だ)
ふわふわタンポポのような髪と蒼天の瞳が満面の笑顔を浮かべている。
一番古い記憶から傍にあるオレと対照的な色彩を持つフレンの笑顔は、オレのなによりも宝物で。
お嫁さんとかケッコンとか当時はよく判らなかったけれど、フレンが喜んでくれるなら何でもいいと思って頷いた。
その時のフレンの笑顔はそれまでオレが見た中でもとびきりのもので。オレも妙に照れくさいような、くすぐったい思いをしたものだ。
(ね、ケッコンする約束しよう?)
(約束の約束?なんか変な感じ)
(コンヤクっていうの。イヤ?)
(イヤじゃないけどどうすんだよ)
(こうするの)
初めてのマウストゥマウスの、触れるだけのキス。
それが特別なキスだというのはおそらく本能的に理解して。
(ユーリ顔真っ赤)
(フレンだって真っ赤だ)
今思うと随分とませた約束だ。
けれどそれが、オレの中のアイツへの恋心の発露だったのかもしれない。
1
星喰み撃破からようやく三月が経った。
まだまだ魔導器の喪失に世界中が混乱している中、凛々の明星も忙しく飛びまわり各地で事態の収拾に当たっていたのだが。
活動の拠点としてダングレストに新たに構えたアジト。
そこでほぼ恒例になっているその時居るメンバー分の朝食と食後のデザートを作っていた、凛々の明星の切り込み隊長であるユーリは突然体調の不調を覚え戸惑った。 料理中に食材の匂いで気分が悪くなったり、ましてや大好きな甘味を前にして吐き気を覚えるなど記憶にある限り今まで一度もない。
「なんだ・・・?」
幾度かトイレに駆け込んで漸く何かがおかしいと気付いたユーリにずっと様子を窺っていたらしいジュディスが声をかけてきた。
「ユーリあなた・・それもしかして」
悪阻じゃないの?と問われて咄嗟に反応ができなかった。
確かに身に覚えはあった。けれどそんなまさか。
――――― たった一夜の交情で、なんて。
そんなこと、誰が思う。耐えきれずお互いの温もりを求めたひと夜だけの結果がこんな風に結実するなんて。
茫然と座り込んだユーリの様子に思うところがあったのだろう、ジュディスがそのまま現在いるメンバーへ声をかけるのが聞こえた。
「首領、暫くユーリは仕事のシフトから外した方がいいわ」
「ユーリそんなに具合悪いの?」
カロルの心配そうな声が続く。
「具合が悪い、と言う訳ではないと思うのだけど」
「ま、一度医者に診てもらってはっきりさせた方が良さそうよね」
ユーリ的にもフレンちゃん的にもと、いつもすっとぼけた振りをしていながら物事に聡いレイヴンの声がジュディスの声にさらに続く。
相手がフレンだとはなからばれていることも含めて自分のことを話されてるのにどうしたらいいのか頭が働かない。
青天の霹靂ってのはこういうのを言うんだろうかと頭の隅で考える。少しだけ戻ってきた理性はジュディスやレイヴンの言い分が正しいのだろうと思うのだけれど。
これが本当で、腹の中にあの時の結果が宿っているとしたら。
あの生真面目な男はどうするんだろう、と。
幾つかの、どれもありそうな反応を思い浮かべ、そしてどの反応をされても恐らくは避けきれない自分のイカれ具合までも簡単に想像ができて頭を抱えそうになった。
POISON■《R18》
ゲームベース:帝都ザーフィアスを中心に急激に蔓延する麻薬事件にユーリが巻き込まれて… |
☆
はぁ、はぁ、はぁ・・・
いつになく息が切れるのが早い。
その原因が背後を追ってくる奴らの仕業だと判っていても、今の状況での反撃は自分の首を絞めることになるのは火を見るよりも明らかで。
少しでも追いつかれないよう、重い体を引きずるように城への近道をひた走る。
どうせ城の敷地内までは追ってくる度胸のない連中だ。城内まで逃げ込めれば何とかなる。
逃げ込む、という単語は気に入らない。そんな思いもあるけれど、それも時と場合による。
この体の状態も、あいつがいさえすればきっと何とかなる。
ただそう信じてユーリは幼馴染で親友の、そしてつい最近別の間柄がくっついた相手の部屋を目指していた。
☆
ガタン、と。
窓の外から聞こえた珍しく大きな物音と、馴染んだ気配との落差に不思議に思ったのがつい先ほど。
慌てて窓を開けて転がり込んできた体を抱きとめて、これまたある意味珍しい熱烈なアプローチに戸惑っているのが今の僕の状況だ。
「ユーリ?」
よほど不思議そうな顔をしていたのだろう、上がった息のままユーリは苦笑いを浮かべた。
「わり、お前んとこしか思いつかなくてな」
「それは構わないがどうしたんだその様子は」
僕の問いかけにユーリは熱いため息を一つつくとこういってのけた。
「酒ひっかけてたら妙なやつらに絡まれてさ。薬…盛られたみてぇ。さっきから身体が熱くってたまんねぇ」
「な…!?」
恐らくはもう力も入らないのだろう。僕の首に縋りつくように身を預けてきている状態で、よく木なんか登れたものだと半分呆れ。もう半分はその頼り先に僕を選んでくれたことが誇らしいような照れくさいような。
「薬抜くの…手伝ってくれ」
一人でどうにもならない、ということは、完全に媚薬の類、それも抱かれなければ抜けないタイプのものか。
女性が被害にあうことが最近増えているという、僕自身も部下を手配して内定を進めている薬物―その症状から現在仮にだがエクスタシーと呼ばれている―だ。末端の売人の大半は割り出せたものの、黒幕の割り出しにはまだ暫くかかりそうだと報告を受けたばかりのそれを、よりにもよってユーリが盛られるとは。
アルコールで摂取するとより顕著に症状が出るというから、今のユーリがまさにその状態なのだろう。
困ったことに本人にその気がなくてもユーリは誘蛾灯のようにそういった楽しみ方を好む存在を引き寄せる。自衛は本人なりにしているのだろうが、珍しいことに今日は油断をしたのだろうか。
(珍しいこと続きだな…)
アルコールがあまり強くないユーリは自分から酒を飲むこと自体が少ない。食事類は酒場のものの味付けが好みなのかよく立ち寄るのは知っていたが、その際に酒を口にすることは案外少なかったりする。よほど気に入らないことがあったか、あるいは逆か。
たまたまそんな気分になった時に、たまたまそういう輩に絡まれたというのも珍しい、というよりもいっそ意図的なのではないかとさえ思えてくる。そんなに偶然が重なるものだろうか、と考えてしまう。
しかし確かに腕の中の身体は常より熱っぽい。もしかしたらユーリだからこそここまで意識を保ってこられたのかもしれないが、恐らく限界も近いに違いない。
ほんの少しの生地の摩擦にさえ反応する躰に知らず喉が鳴る。
幼い頃から一緒に育ち、ある程度ユーリ独特のフェロモンに耐性があるはずの僕でさえこうなのだ。免疫のない輩が悪戯心を持っても致し方のないことなのかもしれない。彼が僕のものだと思っている以上、決して認めたくはないが。
熱に浮かされた、それでも芯の強さを失わない紫黒の瞳が間近で僕を見つめる。僕の何よりも大切な光。
「ユーリ」
「抱いてくれフレン。…手加減なんてすんじゃねぇぞ」
F*Y□
学パロ:高一からスタートの幼馴染な二人です。 |
◆◇◆
「…え、ないんですか?」
「こちらの手違いで男のお子様用の手配数が足りなくて・・・」
それは七五三を前に記念写真を一緒に撮ろうとやってきた二家族には青天の霹靂で。
二家族とも共に五歳の男の子である。予約した際にそれは告げてあったはずなのに、羽織袴が一着しかないというとんでもないハプニングから始まった。
「んじゃオレ着ねーからいーよ」
「え、ユーリ着ないの?」
「ないもんは仕方ねーだろ」
互いの親たちが当惑している中、当の本人たちが着るの着ないのともめ始めた。
元々めんどくさいと思っていたユーリはコレ幸いと逃げをうとうとするがそれをフレンが由としない。二人で並んで撮るのだとこちらは楽しみにしていたのだからある意味当然だろう。
ユーリの両親は苦笑い、フレンの両親はこうなったらてこでも納得しないフレンの性格を知り抜いていたので二人とも大きなため息をつき。
どうにかならないか、写真館の主人に食い下がろうと向き直ったときに恐る恐るとばかりにその提案はなされた。
「…女のお子様のものなら一着予備がありますが…?」
たぶんそれはユーリの容姿を見たからこその苦肉の案、だったのだろう。黙って立っていれば将来が非常に楽しみなくらいの美少女に見えてしまうユーリに紅顔の美少年フレン。着飾って並べたらさぞかし見栄えがするだろうと思ってしまうのも判らなくもない。
そしてどうしても一緒に写真が撮りたいフレンがその提案をスルーするわけもなく。
「ユーリ、それ着ればいいじゃない!」
「ってオレは女じゃねぇ!」
「ユーリなら大丈夫だよ、ね、それ着て一緒に写真撮ろうよ!」
こうなったときのフレンを止められそうな相手をとっさに探すがそこにいる大人たちは一様ににっこりと頷くばかり。完璧に面白がられてる。周りに味方がいないことを瞬時に悟ったユーリは勝率の恐ろしく低い戦いに望む羽目になった。
というのもユーリを頷かせるためにフレンは手段を選ばない。一番効果的なのが泣き落としであることも理解している。ユーリとても判ってはいるのだが、どうしてもフレンの泣き顔に弱く、大体が白旗を上げる羽目になることはよく理解していた。
していたが、今回のコレはさすがに男としての沽券にかかわる。どんなに女顔であろうが、初対面の人にまず大体女に間違われようがユーリは自分が男以外の何者でもないことを死ぬほど理解しているし、またそれ以外になろうとも思わない。
必死に抵抗を試みるが、フレンの青い目にみるみる溜まってくる滴に無駄な抵抗であることを悟らざるを得なかった。
陰陽◆◇
若干SF風味なパラレルストーリー。二人共ふたなりです。フレンが男性寄り、ユーリが女性寄りに分化していきます。 |
テイルズリンクで無料配布した内容です。
◇
「…あれ?」
「なんだ?」
いつもどおり二人で入浴していた時、急にフレンが声を上げた。何かあったのか、と首をかしげる。
「うん…もしかしてちょっと育ってきたのかなって」
そう言いながら触れてきたのはオレの胸。まだ膨らみなんて殆ど解らない。というか膨れてくるのかも解らないんだけど。
ただ最近そのなんだ、乳首?が妙に感度が上がってる気はしていて少し気にしてはいたのだけれど。
「…お前触り方ヤラしい…っ」
「感じちゃった??」
笑いながら尚も触ってくる。ふにふにと触れるそれは時折夜を連想させるもので。
「…いい加減に…っ!」
ぺしり、と頭を叩いてやろうと思って手を振り上げたところがあっさりと躱された。そのまま乳首に吸いつかれて思わず声が上がる。
「ふふ、ユーリ感じやすくなってるよね今」
流石に今はそれ以上は考えていないのか、フレンはすぐに口を離した。それでも赤く染まっているソコを触るのはやめない。
「…っフレン…!」
「うん、今はこれ以上はやめておくね」
ユーリが立てなくなっちゃったら困るし、と何かを思いついた顔できゅっと抱きしめてくる。こうやって引っ付いてるのはオレも嫌いじゃないのでそのまま濡れて色が濃くなったフレンの頭を撫でて。
途中だった洗いっ子の続きをじゃれながらするのはいつものこと。自由になってからのこの時間が二人共に大好きで。
幾つもあった検査の痕もだいぶ薄くなった。それを無意識にお互い確認し合っているような、そんな気もするけれど。
今の二人には十分すぎる広さのバスタブに浸かりながら触れるだけのキスを交わす。それもまたいつものこと。
しかしいつもと違ったのは、風呂上りにフレンが言い出したこと。曰く。
「服買いに行こうよ」
いつもならば外に出ることなく、ネットを使って購入することが大半なのに、なぜ今回はわざわざ見に行く気になったのか。その疑問が顔に出ていたのだろう、にっこり笑ったと思ったら。
「下着、揃えないと」
「へ?」
こてん、と首を傾げてフレンを見やる。意味が全く解らない。
「だから下着。ブラジャーそろそろ必要だよ」
きちんと見てもらおう?そう言ったフレンの言葉の意味が解らなくて。
そんなオレの反応に気がついたのだろう、フレンはすっとオレの後ろに回ったと思うと服の上からまた胸を揉んだ。
「さっき言っただろ。胸育ってきたって」
毎日触ってる僕が言うんだから間違いない。そんな力説されてもな、と思うのだけど。実際毎日触られて、恐らくは自分よりも把握されてると思うので黙っておく。
「ふふ、実はユーリのものの見立てってやってみたかったんだ」
だから付き合ってよ、とにっこり笑われて。反対するほどのものでもなかったのでそのまま受け入れることにした。
二人で外出も久しぶりだ。今の二人の年齢ではあまり外を出歩くのは目立ってしまうから、外出もあまりしない。食材など必要物資の購入もネットがあれば何とでもなってしまうので、受け取りだけならまず怪しまれることもないと判断しての行動。
着替えて手を繋いで。陽の元へ飛び出して。後はフレンの導くままに走り出す。
そうして着いた先は、結構大きなビルで。
「…ここ?」
「そう、みんな揃えられるみたいだから一度ユーリと来てみたかったんだ」
少し紅潮した顔のまま、そう言って笑ったフレンに手を引かれるままにビルの中へ入っていく。
…中は想像以上に煌びやかで豪華だった。
「ちょ…え?」
「こっちだよ」
周りに気圧されて、腰が引けたオレの手を引いてフレンは迷うことなくエレベーターへと向かう。
「どこ行くんだ…?」
「まずは下着からだよ」
そう言うと上の方の階を押した。どうやらその階にフレンの目的の店はあるようだった。
到着して手を引かれてエレベーターを降りる。正面には色とりどりの下着を扱った店舗があり。
「予約しておいたからすぐ見て貰えるよ」
呆然とするユーリの手を引いてフレンは躊躇いもなく店舗内へと進んでいく。そのまま近くの店員へ声をかけるとさらに奥へと案内された。
「すみません、予約しておいた…」
「承っております、こちらのお嬢様のものをお見立てで?」
「はい、初めてなのでサイズや着用の仕方もお願いします」
本人ではなく、明らかに少年に見えるフレンが、さくさくと話を進めていくのを不思議に思っているだろうに、所謂高級店なのだろう店舗の店員たちは動じたところを一切見せない。
「ではこちらでお待ちください」
「あ、僕もいいですか?サイズの測り方とか覚えておきたいんで」
流石にこれには驚きが隠せなかったようだが、今までのフレンの取り仕切り方とオレが頷いたことでそれ以上の疑問は押し込んだようだった。
オレとしてはフレンが色々覚えておいてくれた方が後々楽なことが解っているので思わず頷いてしまったのだけれど。これってあんまり普通じゃなかったんだろうか。
そうこうしているうちに店内のさらに奥、別室にあたる場所まで連れて行かれてちょっと尻込みする。流石にこの対応は普通じゃない気がすると思っていたら、それもまたフレンの手配だったようで。
「こちらでサイズ取らせていただきます」
服を脱ぐことを促され、フレンに視線をやるとこくりと頷かれて。
そのままサイズの計測と下着の正しい身につけ方、ブラジャーのタイプまで色々と指導を受けたがちょっとオレには何が何だか訳が解らない。ただ確かに今までほぼ平坦だった胸は、小さいなりの盛り上がりができていてちょっと感心した。あとあれだ、パンツにも履き方があるってのはここへ来て初めて知った。お尻の形が良くなる履き方ってのもあるらしい。一方一通り話を聞いたフレンはそのまま店内へ戻り、物色を始めたと思うとすぐに何点かを手にして戻ってきて。
試してみた中でさらに絞り込んで一つを身につけた状態でまとめて購入した。
「こんなにいるのか?」
「毎日のことだからね。洗い替えとか必要だろ」
「ちょっと苦しいんだけど」
慣れるまでは仕方ないよね、と苦笑したフレンが再びエレベーターで別の階へ移動する。今度は服を選ぶらしい。
ここで再び着せ替え人形と化したオレが、その後メイクやらヘアメイクやらをされている間にフレンは自分の服まで見立てた上さっさと購入、配送手配までしてしまったらしく。
支度が済んで出てきたオレの前に立ってたフレンはそれこそ絵本から出てきた王子様のようで、ずっと一緒に居るはずなのに妙にドキドキした。
顔が熱い、けれどよくよく見ればフレンも同じように顔を染めている。それにちょっと安心して、差し出されたフレンの腕に手を絡ませた。
ビルを飛び出してからは文字通りのデート。ウィンドウからいろんな店を覗いたり、時々アクセサリーの店とかはむしろフレンの方が積極的で。ふわふわと軽いワンピースに合わせた可愛いものをいくつも見立ててくれた。
時々スウィーツの店に立ち寄るのはオレが甘いものが好きだからなのか。でも二人で一緒に見て回る、それだけでも十分に楽しくて。一日が経つのがとても早かった。
日が傾くまで堪能して、ふっと息をつく。見上げると空の色は既に色づいていて。
「楽しい時間ってあっという間なんだな…」
「また来ようよ。せっかく服も買ったんだし、今日はすごく楽しかった」
もう少し年齢が上がればもっといろんな所へも行くことができる。そう言って手を握るフレンの中にももどかしさはあるようで。
「僕らは…もっと自由を求めたっていいはずなんだ」
だから二人で手を取り合って脱出した。施設の存在を残らず消し去って。年齢など関係ない、互いが唯一の存在なのだから。
「…帰ろっか」
「うん」
握った手に力を込めて、身を寄せ合って。そのままユーリの腰に回った腕が抱き寄せる。
――― 今夜は可愛い君を堪能させて?
ユーリが言葉の意味を理解したのは一瞬後。
フレンに唇を奪われた後だった。
「〜〜〜っフレンっ」
振り上げた腕も押さえられて抱きしめられて。肩口に赤く染まった顔を埋めると、抱きしめる腕の力が強くなった。
fin.
一旦終了〜
1625□◇
年齢操作あり現パロユーリ女体化:お隣同士の幼馴染、ユーリが年上です。 |
TOX2
■原作ベース/□ヴィクトル分史/◆その他分史/◇女体化/☆パラレル
でできるだけ表記します。
擬似恋愛■□
原作ベース:原作の流れに沿ったシリーズです。時間軸は前後あり。
オフライン発行物によりサンプルのみですが、以降Web中心にて展開予定。
episode→ゲーム世界ベース・ユリルド
ramus punctum→ヴィクトル分史・ユリルド&ユリヴィク
→ゲーム世界ベース・ルドガー女体化
全てが夢であればいい。何度そう願ったか。
溢れる涙に視界が霞む。
誰よりも、何よりも大切な存在に、よりにも寄って己が手をかける瞬間が来るなんて思ってもみなかったのに。
兄さん。
貴方は全てをかけて俺を守ろうとしたのかもしれない。
けれど。
俺の、心にぽっかりと空いたこの空漠を。
貴方は予想していたのだろうか。
「ルドガー…大丈夫?」
躊躇いがちに声をかけてくる年下の親友。ジュードの声にかろうじて頷くことで答える。
今口を開いたら何を言い出すか、正直自信がなかった。
やむを得なかったこと、理性では判っている。
あのままでは兄が無駄死にになってしまうこと。
しかし感情がそれで納得できるかというのはまた別の問題で。
口を開けば、その想いが際限なく溢れ出してしまいそうで必死に言葉を飲み込んだ。
兄ユリウスがその命をかけて架けてくれた道が、毒々しい色に染まった空を割いて伸びる。
その先には胎児を模した『カナンの地』。
そこにリドウの命を使って先行したビズリーと、時歪の因子化が進んでしまっているエルは一体どうなってしまっているのか。
リドウの橋が消えるまでの時間を考えるとあまり時間に余裕はないのだろう。今は、兄のことを考えないように、そう思うのに。
頭のどこかが麻痺したまま、目の前に架けられた橋を呆然と見つめる。ユリウスの、命の成れの果てを。
「…行こう」
漸く絞り出した声は酷く嗄れて、まるで自分の声とは思えなかった。それでも、進まなければ。
―――何の為に?
頭の片隅から聞こえてくる声に意図的に蓋をする。今聞いてしまったら動けなくなることが、考えなくても判っていた。
重い足を引きずるように一歩一歩橋へと近づく。
コレヲワタッテセカイヲスクワナキャ。
凍りついた心でただそれだけを考える。どんなに辛い思いをしても、ただその為だけに進んできたのだ。ここで足を止めるわけにはいかない。
後ろに仲間たちが続く気配を感じる。短くも濃厚な旅の中、近しく感じた彼らとの間にも今は見えない壁が出来たように思えるのは恐らくは立場の違い。彼らは一年前も同じように世界を守るために戦ったのだと聞いた。その分結束力が強いことはもう解っていることで。そこへ後入りした形のルドガーには共有するものが少ない。エルがいた時は二人でいた分それほど苦にはならなかったけれど。
けれどそれさえももうルドガーにはどうでもよかった。
真に守りたかったものは―――失われてしまったのだから。
踏み入れた橋からは僅かに、兄を感じる気がした。
物心ついた頃にはいつも兄が手を引いていてくれた。大きくて温かい手がしっかりと俺を導いてくれていた。
寂しがって泣く俺を少し困ったように見つめてきた碧い瞳は今も変わらなくて。
何故だろう、時々妙に胸が苦しくなる。
いつも通りに買い物に出た帰りに聞こえてきた会話にふと気を取られる。
幼少時からクランスピア社でエージェントとして活躍している兄。
二十歳を過ぎて兄にはあちらこちらから縁談を持ち込まれるようになった。当然だろう、傍から見たら有望株のトップだ。身内も俺だけであれば通常起こる家同士の付き合い自体もそんなに考えずに済むのだから、婿がねに望む人は引きも切らない。
会社への問合せや申し込みは本人の意向ってことで会社が一切シャットアウトしてくれているようで、仕事に支障を起こすようなことはないようなのだけど、家にまで押しかけてくるのは正直困る。大家さんが気がついたときは追い払ってくれてはいるけれど、兄に恋焦がれる女性たちの熱意は醒めるどころか鰻上りだ。
その割には休みに俺と外に出てても遠巻きにはされても何故か殆ど人が寄ってこない。ただ視線に晒されることには未だに慣れないのだけれど。兄はそういった意味でも有名人なので諦めるしかない。一度あまりに注目されるので一緒に歩くのが嫌だって言った時の兄のしょげ方が酷すぎて、二度と言えなくなったっていうのは誰にも言えない俺だけの秘密だったりする。
そんな風に日常の一部と化してる兄の縁談話に、なぜその時に限って引っかかったのか。
―――それは恐らく、会話の中に個人の名前がはっきりと挙げられていたから、だろう。
外に漏れ出るほどの情報、それはより真実味を帯びる。
この情報社会であればそれは尚の事。エレンピオスでは個人情報の管理というものはそれほどに重要視されている。
流石にこれは兄が戻ってきたら一度確認しておかないと大変なことになりそうだ、そう思いながら家路を急ぐ。
少しだけ、嫌な予感がした。
ヴィクトル分史をベースにしています。一部ネタバレを含んでおります。ご了承ください。
行方を眩ませたままだった兄の姿が目の前に現れた、その時点で全てはもう遅いのだと。
そう、思ってしまったことが掛け違えたボタンの始まりだったとしたら。
一体自分にどんな選択が残っていたのか。
---------今でも、そう考えてしまう。考えることが止められなくて。
◇
兄と二人、お互いだけが全てだった生活から無理矢理に抜け出せられ、どうしようもない無力感に苛まれながらただ与えられる指示をこなした。
やっとの思いで一族の悲願だというそれの条件を整えたというのに。もたらされた結果はあまりにも残酷だった。
自分達のいるこの世界が分史世界、いわゆる偽物であった事実は立ち会った全員を絶望のどん底につき落とした。
何のための、世界の破壊であったのか。既に両手に余る数の世界の破壊に血塗れた手を見つめる。全ては徒労であったのだ。
奪った数え切れない命すらも無駄だったのかと。そう感じたときの無力感は例えようもないもので。
それはきっと兄もまた同様だったのだと、そこまで思考が及んだのがこのタイミングだったのは何の因果か。
荒んだ兄の様子、その体には時歪の因子化の様子がくっきりと刻み込まれて残り時間の少なさを嫌でも認識させられる。
自分が現実から目を背け、ラルとの僅かばかりの幸せを育む中で兄には何があったのか、と。きっとそこには何も…本当に何もなかったのだろう。
一度たりとも見せたことのない殺伐とした気配と表情のまま、生まれたばかりのエルを渡せ、とそう言い放った人がどうしても自分を慈しんでくれた存在と同一に思えなかった。
なぜ、と。その思いだけが渦巻く中、仕掛けられた戦いを受けるしかなく。
エルの存在の意味を、一番に理解してくれていると思っていた。けれどそれは幻想だったのか、と。
混乱する思考を遮るように兄の攻撃が迫る。クラウンの称号を冠していたのは伊達ではない。鋭い踏み込みとパワーは余所見をする間を与えない。応戦するうちに余裕はすぐになくなった。
研ぎ澄まされた一撃の後、続く二撃目の重さはウェイトの差だけではない。兄との経験値の差はどうやっても埋めきれるものではない。
最初から押され気味の戦闘の結果など判りきっていた。思い切りよく吹き飛ばされて地に転がった俺にゆっくりと兄が近づいてくる。まるでそれは俺に覚悟をさせるための時間であったのか。殊更近付いてくる様がゆっくりに感じたのは兄の気迫だったのか。
「ルドガー、立て」
少し離れたところで立ち止まった兄が険しい表情のまま声をかけてくる。兄が本気なのだ、と思い知らされる瞬間の胸の痛みはけして勘違いではない。
兄への絶対的な信頼が崩れた瞬間だった。
情をかなぐり捨てなければ兄には勝てない、それは考えずとも明らかで。今までの全てを捨て去らなければこの危機を乗り越えることはできないのだと。
それは兄との永遠の決別でしかなく。
守るべき存在がある以上、選択の余地はなかった。
「…ユリウス」
兄さん、と呼ぶのを止めた俺の覚悟を兄は即座に理解したのだろう。一瞬で間を取った兄に向かって今度は先制攻撃を銜える。その攻撃にもう迷いはなかった。
兄の双剣に対抗できるのは同じ双剣。でなければスピードとパワーのバランスで遅れを取るのが陽の目を見るより明らかで。僅かに兄を上回れる身の軽さを存分に生かすためにも武器の選択に迷いはなかった。
二人同時に踏み込んだ、それが戦いの合図。情けを捨てた俺の覚悟を兄もまた理解したのだろう、先程以上に鋭い攻撃が襲いかかってくる。
本気で相対したことなど今までに一度たりともなかった。初めての真剣勝負はどちらかの命がその代償となるまで止めることはきっとできない。
引き返すことのできない戦いに胸に覚えた痛みを押し込めて。
一瞬たりとも気の抜けない剣戟の決着はしかしあっけないほどだった。
時歪の因子化の痛みに一瞬体勢を崩した兄へと走らせた刃を途中で止めることなどできず。当然ながら兄の体へと凶刃は深い傷を刻み込んだ。
確実に、致命的な損傷を与えた感触に今更ながらぞっとする。今までに数え切れないほどに感じてきたはずのそれを初めて怖い、と思った。
崩れ落ちた兄へと駆け寄った俺に、明らかに死相の浮かんだ顔を向け、馴染みのある苦笑を浮かべて。
「…にいさ…っ」
「これで、いいんだ」
ルドガー、と呼ぶ声はいつもの兄のもので。恐らく随分と情けない顔をしていたのだろう、もう力の入らないであろう腕を伸ばした兄の手がいつものように俺の頬を撫でる。
泣くな、と。触れてくる手から熱が急激に奪われていく。必死にすがりついたいつも慈しんでくれた手に熱を取り戻したくて。
逝かないで欲しいと訴える俺に緩く首を振った兄は、どこか満足気な表情を浮かべていた。
なぜこのような行動に出たのか、過去のエルが鍵であったことによって今ルドガーの娘として生まれてきたばかりのエルが同じく鍵と判断され、奪取しようとする動きがあること、兄にもそれは当然のように課せられていたこと。時歪の因子化が止まらない兄が残り少ない時間の殆どをかけて襲撃を阻止していたこと。
「すまないな…もうお前を守ってやれない」
「っ…守ってなんか」
そんなことよりも本当は傍にいて欲しかった。残り少ないならば尚更、かつてのように穏やかな時間を一緒に過ごしたかった、と。
「俺の最後の我侭だ…」
するりと触れていた手から力が抜けていく。お前だけを愛しているよ、と囁かれた小さな声はずっと兄が押し込めていた想いであろう。お互いがずっと同じ想いを押し込めていたなどと、なんて喜劇だ。
時歪の因子化するには僅かばかり猶予があったのだろうか、兄の体が消えることがなかったのは俺にとっては行幸であった。
二度と会話ができなくても、兄に触れることができる、それだけで。
夕暮れ時の恋ひとつ■
合同誌『Twilight』収録分。黄昏時をテーマに日常を切り出しました。 |
今日は早く帰れそうだ、と言いおいて兄が出勤していって。家中の一通りの家事が済んだところでほっと一息をついた。時計を見上げると既に時は中空を指していて。ルドガーは簡単に昼食を取ることにした。
(何か残ってたかな・・・)
冷蔵庫の中身を思い出しながら昼食のメニューを考える。一人で済ませるならば有り合わせのもので十分だ。
ライスの残りと夕べのスープが残っていたことを思い出すとピラフで済ませてしまおうと思い至る。
兄がいない食卓で、栄養バランスなどはあまり考えない。これも一人きりの昼食に慣れた頃からの癖にもなった。腹が満たされれば十分で。外食ですませてしまおうかと思うときもあるが、やはり兄が骨身を削って稼いでくる収入を無駄遣いする気にもなれず自宅で済ませることがほとんどで。
そのくせ昼食をとりながら既に兄との夕食のメニューを気にしているのだからなんとも、であるけれど。
美味い、と食べてくれる相手がいる。それがどれだけ励みになるのか。
学校を下りて、就職先を探しながら自宅で一人過ごす日が重なるほどに身にしみてくる。子供扱いするな、と反発したところで自分の思考の中心が兄であることは幼い頃から変わらないルドガーの芯であって。
こんな状態で兄離れができるはずもない、と小さくため息をつく。もどかしくはあっても嫌ではないのだ。兄の庇護下にいるのは。
甘やかされてる自覚はある。いくら兄弟二人きりだといっても恐らく兄は余所よりもルドガーに甘い。けた違いに甘い。男兄弟のいる友人を見ていてもこれだけ弟に甘い兄がいるとは思えなくて。
(なんでこんなに大事にしてくれるのかな)
大切に大切に、守られてると思う。もしかしたら自分が感じている以上に兄の庇護の翼は大きく広げられているのでは、と。
自分が果たしてそれほど大事にしてもらうことをしたのだろうか。それとも自分が運良くそう言う人の弟として生まれてきただけなのか。
自分の覚えのない何かがきっかけだったなら少しだけ救われる気がする。後者だったとしたら、もしかしたら今のこの位置に立っている誰か、が居た可能性だってあるわけで。
(それはちょっと嫌だな・・・)
誰かが自分と成り代わっている姿を一瞬想像しかけて軽く頭を振る。きっかけはどうであれ、今この場所を独占しているのは自分なのだ。もしも、は必要ない。少しでも兄の役に立ちたいと思っているのは今ここにいるルドガー自身なのだから。
ただ、今でも思うのは兄と同じ会社に入って公私共に支えたいと願った夢が絶たれたこと。それを夢見て学校を選び、必死に努力をしてきた。実際学科や身体能力の面では劣るところはなかったと今でも思っているけれど。
最終の実技試験、試験官はまさかの兄で、直々に不向きと言い渡されてしまっては反論のしようもなかった。あの時の絶望感は今でも時々思い出してしまうのだけれど。
何が不向きだったのか、幾度か食い下がったけれど兄はガンとして理由を教えてはくれなかった。企業としての判断だ、の一点張りでこの件に関してはとりつく島もないので、兄から聞き出すのを諦めるのにさほど時間はかからなかったけれど。
(暫くスト起こしてたときの兄さんのオロオロぶりはちょっとかわいかったなぁ)
家事全般を請け負っているルドガーが一週間ほど引きこもったときの、兄の家事の出来なさぶりには正直あきれてしまった。食事を作ろうとしては焦がすわひっくり返すわ、洗濯をしようとしては洗濯機を詰まらせる、やっと回せたかと思ったら干場所がわからなくてオロオロする、あげくはしわしわのまま着ようとする。掃除は当然思考外。
余りの惨状にストを継続する気力を無くして、なし崩しに終了したことを考えるとなんとも言えない気持ちにはなるけれども。あの状態でルドガーが家事を受け持つ前は一体どうしていたのだろうと思う。そんな頃の記憶がほとんどないので首をかしげるばかりだ。兄がその頃の話はしたがらないので聞きそびれたままだ。
兄のあんな姿を知るのはルドガー以外にはいないだろうと思うと何となくにやけてきてしまう。一見して完璧に見えるからこそのギャップ。あまりにももったいなくってあの一連の騒動は誰にも話してはいないけれど。
(それこそノヴァあたりが聞いたらギャップ萌え〜とか言いそうだけどな)
これまたある意味因縁の相手の顔を思い出して、渋面を作ってしまった。後を引きずらない明るさに助けられた面は多々あれど、反面空気の読めなさもなかなか侮れずに告白騒動を横に置いても凹まされたことは数え切れないのだ。
友人として、性別抜きにつき合える得難い存在ではあるのだが。やはり兄に対しての好意がいまだ深く抱えていることを知っているだけに知らず引いてしまっている一線があるのは確かなのだ。
A chara a thabhairt duit◆
原作寄りですが、この話のみの設定が盛り込んであります。 Cariad glasbren ifanc ein:冒頭sample/ Love You...:冒頭sample/ Ffin rhwng cariad a chyfeillgarwch/ Apabila ia Kitana-sa:@A |
だいすき!!収録分です。
「にいさーん」
いつもどおりの朝。部屋で寝ぐずる兄にまず一声。
「兄さん起きて」
「…あと五分…」
「そう言って時間通りに起きたことないじゃない、早く起きて」
朝に極端に弱い兄を起こす、そこからルドガーの一日は始まる。
再婚同士の連れ子同士。年の離れた兄弟となって三年程が過ぎた。
普段は優秀すぎて実年齢よりも落ち着いて見られがちの義兄が、自宅では案外緩い事やこんなふうに朝が極端に弱い事。この三年の間に知った俺だけの秘密。
再婚同士の両親は、お互いの仕事が忙しく家に居ることは殆どない。そのくせ顔を合わせればラブラブというのだから何ともはや。まだまだ恋愛に興味を持つまでに至らない年齢のルドガーにはいまいち両親の様子が理解できずにいるのだけれど。
再婚するまでルドガーにつきっきりだった母は、約一年、子供達と過ごした。義兄がルドガーを苦にせず構い、またルドガーが素直に懐くのを確認したあと仕事に復帰した。
以来普段はほぼ二人きりの生活が続いているわけで。
最初は通いのハウスキーパーが居た。二人の身の回りを世話する役割の人を不要としたのはまだその時点で八歳になったばかりの幼いルドガーだった。
家族以外、に世話をされることを由とせず、また幼いなりに母に家のことを仕込まれていたルドガーが嫌がったのだ。
それまで家のことはハウスキーパーに任せっきりだったユリウスは酷く戸惑い、自分だけで判断するにはと両親に相談したところ、母親から構わないと言われてしまうとそれ以上に押すこともできず。
何より当のルドガーが出来ると言って、実際にやって見せて納得させるというほぼ実力行使に近い状態で現在の生活へと落ち着いたのだ。
彼にどれほどのことができると普通なら思うところであるけれど、幸いにして家にある家電類は最新のものが殆どで。使い方さえ間違えなければ十分にルドガーの助けになったのだ。
幼いルドガーに家事全般を任せることに最後まで戸惑いを持っていたのはユリウスだったろう。自分の半分にも達していない子供に任せることに引け目を持っていたのも事実だったのだろうが、彼は家事というものに致命的に向いていなかった。
やろうとはした。のだが目も当てられない惨状を引き起こしてからは、流石に自分からやるとは言い出せなくなったようで。
それ以降、家の中の日常はルドガーが切り盛りをするようになった。機械類などの小さな修理などは反対にユリウスの得意分野だったので、自然ユリウスが受け持って。
年の離れた義兄弟の生活はそれなりにうまく機能していたのだ。
この、事件が起こるまでは。
一
再婚したいと母に引き合わせられた男性と、その傍に立つまだ少年っぽさを残す青年。その青年を目にしたとき体を何かが走り抜けるような気がした。
色味の濃い金髪と蒼穹を思わせる瞳。端正な顔と今はまだ細さを感じる体は、時が経てば父親に似た男らしさを漂わせる存在になるだろう。
ポカンとしてしまった俺にそれぞれの苦笑が向けられる。俺の視線を受け止めた本人に頭を撫でられてようやく我に返る。
瞬間真っ赤に顔が染まったことが判った。
「弟ができると聞いてたけど、こんなに美人だとはな」
ひょいと抱き上げられ、少年らしさを残す端正な顔がぐっと近づく。心臓が跳ね上がる中、必死に反論をした。
「…美人って俺、男です」
「男も女も関係ない、綺麗なものを綺麗と言って何が悪い?」
優しい笑顔付きでそんな言葉をかけられて、ますます顔に熱が集まるのが判る。この国では確かに異性同性問わず好いた相手との婚姻は可能ではあるけれど。
「おいおいユリウス、まだルドガーくんは六歳だぞ?」
「何下世話な話してんだよクソ親父」
「あらあらあら」
母はそんな話に欠片も動揺することはなく。目の前の男たちのやりとりにコロコロと笑うばかりで。
男家族というものはこういうものなのだろうかと首を傾げる。ルドガーが物心ついた時には父親の姿はなく、また一人っ子でここまで育ってきたため、父親の存在にも兄の存在にもイメージが全く沸かない。
戸惑っている様子に気がついたのだろう、ルドガーを抱き上げたままだったユリウスが再び笑いかけてくる。
「驚かせたかな」
「…ちょっと」
男家族なんてこんなものだと笑う、その笑顔に視線が釘づけになる。そのまま案内された席まで運ばれて。
顔合わせの食事会は、時々ビズリーの言葉にユリウスが噛み付くことはあっても概ね和やかに済んだ。最初ハラハラしたそれも、男同士のやりとりなのだと納得してからはむしろ微笑ましく見えてしまう。
「どうやら俺たちは兄弟になるようだけど、ルドガー君はそれでいいのかい?」
「ルドガーでいいです、ユリウスさん」
「…どうせなら『お兄ちゃん』か『兄さん』って呼んでくれると嬉しいかな?」
「…お兄ちゃん…って」
恐る恐る口にする。悪戯っぽさを含んだ笑顔が心底嬉しげに変化して。
「よろしくな」
向けられる笑顔につられる様に笑顔が浮かぶのがわかる。横で母もほっとした気配がして、これが母なりに引っ込み思案な俺のことを心配した上での顔合わせであったことが伝わってきた。しかし、そのあとに続いた母の言葉がそれこそ想像を飛び越えてて口を挟む隙すら与えられなくて。
「それでどう?ユリウスくん、この子と暮らせそう?」
「へっ?」
「大丈夫ですよ、部屋もありますし時間も融通効きますし。俺のとこで預かります」
「おいおい、本家じゃダメなのか?」
「うふ、却下」
ニッコリと笑った母がビズリーさんの言葉をバッサリと切り捨てる。仮にもこれから夫婦になろうという相手にこれでいいのだろうかと不安になる俺を他所に話はどんどん進んでいってしまう。
「大きなお屋敷にこの子を一人ぼっちで置いておく気はないの」
「ということ。俺もそれに異論はないし、ルドガーは俺のところで預かるよ」
少なくとも一人きりにする時間はよほど少ない、と少しばかり勝ち誇ったような顔をして笑ったユリウスをびっくりして見つめる。対してビズリーががっくり肩を落としている姿がどことなく哀愁を感じるのは気のせいではないのだろう。
「…なんでお前たちは妙なところで気が合うんだ…」
「親子になるなら気が合う方がいいに決まってる」
にこやかに二人がかりでやり込める姿に暫く呆然としていた。そんな俺の様子に三人三様に苦笑が漏れて。
「…最終的にルドガーの希望で決まるんだが」
「…俺?」
「俺の傍に居てくれないかな?」
戸惑う横でユリウスが少しばかり寂しそうな顔をする。狡い。好意を持った相手のそんな顔、突っぱねられるわけないのに。
「…お兄ちゃんのところ行ってもいいですか?」
ビズリーさんには申し訳ないけど、この人の傍でこの人を見ていたいと思ったのだ。
「あっ」
「…ごめんなさいっ」
…出会いはそんなごく当たり前の。街中でぶつかりあってお互い謝って、そのまま別れて…それで終わる。通りすがりの僅かな交流が、その後に繋がる確率はなかなかに低いものだと思う。
そんな出会いをした俺と彼、ジュードが再び顔を合わせたのはすぐのこと。俺の職場であるカフェとジュードの勤める研究室が存外近くにあり、彼が昼食をとるのに俺の職場を訪れたことから俺たちの交流が始まることになる。
基本的に俺は調理師として雇われているので、表に顔を出すことはあまりない。けれどフロアの人が足りなければ表に駆り出されることもままあることで、そんな時にたまたま彼が客としてこの店を訪れたことによる。
実際会話をするようになって判った事。実年齢としては四歳の差があるとはいえ、彼は既に大学の研究員として自分の立場を確立しているためせいぜい身長差くらいしか年齢差を感じさせず。寧ろ教わることのほうが多いくらいで。
会話の合間にお互い自炊しながらの一人暮らしだと聞いて、親密感を覚えたあたりから急速に接近したと思う。
時々休日を合わせて会うようになった俺たちはお互いの好きなものであったり得意なものであったり、いろんなことを話し合った。ジュードが和食が得意と聞いてご馳走になりに行ったり、また逆に家に招待して手料理を振舞ったこともあったし、一緒にキッチンに立ったこともある。
得意料理が重ならないことでお互いに教えあうことができるのが楽しくて。一人で家で過ごす時間の虚しさを忘れさせてくれたのだ。
兄が栄転という名前の転勤辞令を受けて既に二年が経とうとしていた。次期当主として大きな役職を背負わされた兄さんが週末ごとに帰ってくることなど出来る訳もなく、頻度が高くても月に一度、忙しい時であればニ・三ヶ月帰って来れない時などザラで。
せめてもとばかりにマメにコールはしてくれるものの、通話中はともかく切ってしまった後より寂しさが増してしまう。
けれど何のためにトリグラフを離れているのか、事業の詳細は知らされていないにしろその意味を痛いほど理解している以上、我侭を言うこともできない。今があの人にとってどれだけ大事な時期か。
兄と暮らし始めて、初めて心にぽっかりと穴が空いたような、どうにもならない感覚に捕らわれて。気がつくと溜息が増えている。
寂しかった。両親の再婚からずっと傍にいて守ってくれていた人の温もりに手が届かないことに。
だからと言って代わりを求めている気はなかったけれど。
「ねぇルドガー…僕と結婚を前提としたお付き合いをしてくれないかな」
ジュードに告白をされた時に即座に断ることができなかった。彼ならば傍にいてくれるだろうと、どこかでそう思ってしまった。比べるべくもないのに。
エレンピオスで同性婚は実は珍しいことではない。同性であっても人工授精が可能であるし、人工子宮もある。二人の血を継いだ子供を得るのに問題は全くないのだ。ただし上流社会になればなるほど異性婚の比率は高くなる。本来の婚姻という形をどこか優先しようとするのは本能的なものなのか。とはいえ、出産で体型が崩れると言って健康体であるにもかかわらず今では女性であっても人工子宮を利用する比率が上流社会ほど高くなっている現実もあるのだが。
相手を性別だけで淘汰するのはナンセンスとの風潮が定着して既に久しいこの国では、個人の資質をより重視する。傍にいたい、愛おしいと思う心を阻害するものは殆どないのだ。
少し照れくさそうに顔を赤らめての告白に気持ちが揺れた。恋愛感情がそこにあるのか自分でも判らない。少なくとも兄に対する気持ちとは違うのだけは確実なのだけれど。
「…俺…は…」
感情は判らなくても気持ちが揺れている。ジュードと過ごす時間が楽しいと思うだけに怖くて仕方なくて。兄を想う気持ちは欠片も変わってはいないのに。
「返事は急がなくてもいいから…考えてくれると嬉しいな」
「…ごめ…今日は帰る…」
楽しいはずの時間が酷く重く感じて、やっとの事でそれだけを口にするとジュードの前から逃げるように家に帰った。呼び止めようとする声が聞こえても振り返ることさえできなくて。
玄関をロックすると力が抜けたように座り込んでしまった。息を整える時間さえもが惜しくて震える指でGHSを操作する。
無性に兄の声が聞きたくて、仕事中だと判っていても操作する手を止められない。
「兄さん…兄さん…」
俺をしっかり繋ぎ止めていて。
必死の想いで呼び出した兄のGHSは無情にもコール音だけを響かせていた。
半泣きで幾度かかけ直すうちにいつの間にか眠ってしまっていたらしい。玄関から聞こえた騒々しい音に飛び起きた。
「ルドガー!」
「兄さん?」
玄関には肩で息をした兄がひどく切羽詰った顔で立っていた。慌てて時計を確認すると日付が変わったばかりで、最後のコールの直後くらいに飛び出してこなければこの時間に家に着くことは不可能だ。しかしまさかそんな。 大きな溜息をついてしゃがみこんだ兄に駆け寄る。なんでこんなにしてまで帰ってきたのか。
「…大丈夫か…」
「どうしたのいったい」
「滅多に掛けてこないお前からの着信履歴が何度もあれば心配するに決まってるだろう」
そう言って包み込むように抱きしめてくる腕の温もりに涙が出た。ずっとずっと支え続けてくれた腕。最愛の人の温もりがどれほど安らがせてくれるのか。こんな風に実感することがあるとは思わなかったけれど。 そっと触れてくる大きな手が頬を擽り顎にかかると触れるだけのキス。久しぶりの触れ合いに思わず強請るように俺からも押し付ける。すぐに深くなった口づけは離れていた時間を取り戻そうとするようで。探り求めてくる舌に積極的に自らも絡ませる。飲み込みきれない唾液が溢れて喉を伝う感触にも煽られる。 暫く口づけを味わって。息が上がったまま身を寄せる。地肌をくすぐるように髪を梳かれる感触は、緩やかな性感を与えてくる。そう気がついたのは体を重ねるようになってからだったけれど。 穏やかに触れられる、これが幼い頃から好きだった。
「…何があった」
「……」
「直ぐに言わなくても構わないが…お前があんなふうにかけてくるなんて殆どないじゃないか」
ひどく驚いて取るものとりあえず飛んできたのだと大きな溜息ととも呟かれる。ああ、またこの優しい人の足を引っ張ってしまったと胸の奥に痛みが走り、現在のこの状況に喜びと後ろめたさが同居する様に苦しさが増す。 黙ったまま縋り付いていた俺の様子に何かを察したのか、兄は軽く俺を横抱きにすると問答無用で部屋に連れ込んだ。
兄の部屋は幼い頃から何かあるたびに共に過ごした部屋。怯えて眠れなかった俺を一晩中抱きしめてあやしてくれたこともあった。逞しい腕の中、ただただ乱れたことも。様々な思い出がこの部屋には詰まっている。 俺を落ち着かせる為だけにこの部屋に連れてきたのだろう兄は、俺をベッドに下ろすと直ぐに離れようとした。
けれど。
今は離れたくない、その一心で離れかけた体を引き寄せ、口付ける。何もかも忘れて兄の熱に溺れたかった。
情事後の気怠い熱を纏ったまま、ぽつりと口を開く。
「…結婚前提に付き合ってほしいって言われたんだ…」
「なるほど…で、お前はどうしたいんだ?」
判らない、と首を振る。今まで兄以外となんて考えたこともなかったのだ。
「…この場合俺は喜ぶべきなのか肩を落とすべきなのかって少し悩むな…」
「…?どういうこと?」
「お前は自分で思ってる以上に目を惹くんだよ。誰かに取られやしないかと俺がどれだけヒヤヒヤしていたか」
「そんな訳…!」
反論しようとした口をキスで塞がれる。深くならないそれは兄が時々文字通り口を塞ぎ、宥めるために施される。こんなふうに戯れるようなキスは嫌いじゃないけれど、実際こうして宥められてしまっているだけに、同時に誤魔化されてるような気もしてちょっとだけ複雑だ。
「相手を聞いてもいいか?」
「大学の研究室に勤めてるって聞いてるけど」
「お前より年下で大学…ってもしかしてジュード・マティス博士か?」
「知ってるの?」
「ああ、彼の研究は俺の仕事にも絡む部分があるからな」
実際に会ったこともある、と言われ彼の研究がどれほどのものなのかを漸く把握する。兄の仕事が最先端技術を扱うものであると知っているだけに、如何に彼が優秀なのかわかろうものだ。
「なるほどな…」
「そんな人が…なんで俺なんか…」
「お前は自分を卑下しすぎだ。彼も周りが倍以上の年齢の大人に囲まれて、やむを得ず大人にならざるを得なかった一人だろう」
年が近くて気が合うお前の存在が年相応の心安さを、そしてそれが安息や愛情へと繋がるのも当然だろうと言われて困惑する。自分にそんな人を惹きつけるようなものがあるとはどうしても思えなくて。
さらりさらりと会話の間も髪を触られ続けている感触にふと思う。
「…ねぇ兄さん」
「なんだ?」
「兄さんっていつから俺のこと…?」
「言ってなかったか?」
「うん」
出会った時から変わらず優しかった記憶しかない。どうして、と思ったことは数え切れないほどあるのに。
「…一目惚れ、だったな」
「え」
「お前雑誌の表紙に載った事あっただろう?」
覚えはある。確か女性誌か何かで子供用の服の特集が組まれた時だったと思う。表紙を飾るなどと聞いてたら多分固まってしまって良い画が撮れなかっただろうと、当時担当したカメラマンが言っていた。それくらい手を掛けさせていた記憶はあるのだ。母の仕事に付いて歩いていたのに人見知りが激しかった俺をよくもまぁ根気よく使ったものだと思っていたけれど。
たまたま立ち寄った本屋で見かけたそれから目が離せずに、本来買うつもりだったものも忘れてその雑誌を手にとったのが初めてだったと、そう言われた。
「実際にお前に会って笑ってくれた時、この笑顔を守らなきゃって思ったよ。俺がどうこうって言うんでなくな」
「そんな頃から?」
「お前の笑顔はずっと俺の心の支えだよ」
「…」
「お前だけだ。昔も今も」
「……っ」
それを言うなら俺だってそうだ。兄に初めて会った時のことは今でも鮮明に覚えている。それからずっとこの人だけを見つめてきたのだ。まだ自分から口にすることだけは出来ずにいるけれど。
無言で擦り寄るとしっかりと抱き寄せてくれるこの腕を、今更手放せるはずもない。
「…きちんと話してくるよ」
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫」
大丈夫、ともう一度確かめるように呟いて俺はそっと目を閉じた。
「ごめんジュード」
「僕こそごめん、急すぎたよねあんなこと」
「そうじゃない。俺、もう約束した人がいるんだ」
顔を合わせてすぐに断りの言葉を口にする。これだけはきちんと伝えなければならない。俺自身の想いは最初から一方向だけに向いている事に改めて気がついた。
自分の想いを言葉にして伝えてくれた彼だからこそ。
「え」
「もうずっと一緒に暮らしてる。今は仕事で離れてるだけなんだ」
「…そっか」
やっぱりなぁ、と苦笑された。
「やっぱりって」
「君がそのままでいられたのってその人のおかげなんだろうなって思って」
俺が困惑したのがわかったのだろう、さらに苦笑を深くされて。この間は半分勢いで言っちゃったけど、君の傍はすごく居心地がいいからね、と言葉が続く。
「それが誰にでもなのかまでは判らないけど。そもそも君にそんな気がないことは判ってたんだ」
言うつもりはなかったのだと、控えめに笑われた。取り消そうにも君は酷く取り乱して逃げちゃったからどうしようかって思ったんだ。そう言って浮かべた困ったような笑顔は出会った当初よく目にしたもので。
「とにかくルドガーが落ち着いたみたいで安心したよ。出会った時からどこか不安定で目が離せなかったけど、今日の君は自分の気持ちをしっかり持ってる。もしかして大事な人ときちんと話せたのかなって」
だったら僕の暴走も少しは役に立ったかな、と少し切なげな顔をしたジュードに申し訳なさだけが募る。
「…うん…」
彼に言われなければ俺自身自分の心の動きに気づかずにいた。そしてまたきっと余計に心配させることになっていた可能性を考えると、寧ろジュードには感謝してもし足りない。
けれど彼は俺にそれを告げる時間を与えなかった。
「…また、お茶くらいには付き合ってよ」
それくらいなら怒られないでしょ?吹っ切れたように笑うとまた連絡すると言って駆け去っていった。
「…年下なのにな…」
かえって気を使わせてしまった。そして背中を押されてしまった。俺が落ち着いたというのなら間違いなくそれは兄の存在な訳で。
今頃兄は父と舌戦を繰り広げているだろう。今までとは違う関係へと進むためのそれにはもしかしたら母も参戦することになるかもしれない。当然当事者である俺も混じることになるだろうから久しぶりの家族会議になるかもしれないけれど。
…それとても愛おしいと思えてしまうなんて。
「…帰ろ」
思ってもみなかったところから始まった騒動は、まだ当分は落ち着かないだろう。それでも多分なんとかなるんじゃないかと思えてしまう。なんて現金な。
「…落ち着いたらまた一緒に色々話したいなぁ」
彼が受け入れてくれるなら、もっともっと話してみたいことはたくさんあるのだ。兄とも面識があるというのならば、茶会や夕食に招くこともできるようになるかもしれない。二人共仕事が趣味のようなところがあるから、もしかしたら話についていけなくて取り残されるのは自分なんてこともあるかもしれない。ちょっとだけ想像して笑みが浮かぶ。
今すぐは無理にしても、そんな時が来ればいいと思いながら俺は住み慣れたマンションへと足を向けた。
Fin.
「うっわ遅くなったなぁ…兄さん帰ってきちゃうよ」
下校しようとした所で同級生に捕まった。調理室で菓子を作るのに頭数が足りないからと半ば強引に引きずって行かれ、手伝わされてしまった。食事だけでなく、よく菓子も手作りはしているから作業自体は問題ないけれど、せめて前日までに言えと何度言っても聞かない辺りノヴァは全く進歩がない。
俺が毎日おさんどんやってるって分かってるくせに、といつも思うのだが幾度か世話になった小母さん曰く『家では全くやらない』と嘆かれたので家事の手間暇の比重を考えたことがないのかもしれない。
母親が居たらそんなものだと言っていたのはアーサーだったか。
俺のように家事全般を受け持っている同級生は確かに殆ど居ないようではあるけれど、ならばいざ家庭に入るときに慌てないのかとそこまで考えて、学校を出て直ぐに家庭に入るわけじゃないかと思い直す。
それなら実際に結婚適齢期と言われるまでの年数でも何とかなるのかと要らぬ事を考えながら、兄の帰宅時間と家までの距離、夕食に必要な食材をざっと脳内に弾き出し、軽く献立変更を考えながら近道へと走り込んだ。
普段ならば余り通らない裏道。夕食の買い出しに混雑する商店街を避けるだけでも随分と時間が短縮される。短縮した時間があれば変更したメニューならば十分に用意ができるだろうと計算してのことだった。
しかしその時入り込んだ道はいつも抜け道として使う道に通じていなく。僅かに悪寒を覚えた時には引き返すこともできなかった。 治安が良い方であるトリグラフとは言え、道筋を一本外れればそれだけ人目につかなくなる。必然的に一目につきたくないものも集まりやすくなるのはどんなところでも一緒だ。
不注意に人目から外れるな、と幼い頃から散々言い聞かせられた言葉が頭の隅を過ぎる。お前はそう言った嗜好の者に目をつけられやすいと逞しい腕の中、吐息混じりに抱きしめられた事は既に両手に余る程で。
しかし此処数年はトラブルから解放されていたので大丈夫だと思っていたのに。物陰から現れた複数の男たちに浮かぶ野卑た表情に、血の気が引く。これは明らかに拙い。引き返そうにも既に退路も断たれてしまっている。
兄から自衛の手解きを受けているとは言え多勢に無勢、まして相手の方が明らかに体格がいいとなれば何とか躱して表通りに出るのが一番の近道なのだが、これをどうやってかわしたらいいのか。
人よりもどうやっても目を付けられやすいとはいえいい加減嫌になる。ルドガーとて好きでこの容姿を望んだわけではないのだ。幾ら鍛えたところで兄のような男らしい体格にはならなそうだと、最近では半分以上諦めてはいる。
いるけれど、だからと言って好きでもない相手にどうこうされたい訳ではないのだ。ルドガーの心の中には出会った時から兄が住んでいる。恐らく一目惚れだったのだろう、兄が笑いかけてくれるならと色んな事を頑張ってきた。困った顔も愛おしいけれど、だからと言って心配させたいわけではない。
こんな事、が一番兄を心配させるカテゴリーに入ってしまうのに。
「…誰かに頼まれたのか?」
違う、とルドガー自身が分かってはいるけれど、念のためである。一番嫌なものが残ってしまうのだろうと心の隅で思いながら問いかける。案の定男たちはニヤニヤと笑うばかり。
一つ目はどうやら潰せたようだ。ならば次。
「金なら学校帰りだ、今は持ってないぞ?」
これにも返事は返らない。やっぱりか。
余りにも予想通りで心底溜息を吐きそうになった。けれどそれはこの恐らく本能に至って忠実な集団には逆効果だ。出来るだけ油断させて逃げるのが一番か、と必要以上に刺激しない程度に嫌な顔をする。こんな匙加減だって覚えたくなかった。
嫌だけど痛いのも嫌だから抵抗しないといった風情を意図的に醸し出すと、あっさり引っかかってくるあたり底の浅さが見えるものだ。けれど。 (その無駄な筋肉少しくらい分けてくれればいいのに…いや半分位贅肉かな?だったらいらないけど)
などとルドガーが考えてるとは欠片も思ってもいまい。大人しく言うことを聞くようなら存分に楽しめると考えてることが筒抜けになっていることにも気づいてるかどうか。
(まぁ弱いと思ってる相手にそんな気遣いなんかしないか)
ルドガー自身もどうだっていい。早く切り抜けてとっとと帰りたいのだ。できれば兄の手を煩わせずに振り切りたいところだけれど。
勿体ぶる様に距離を詰めてくる男達にホールドアップをしつつ、隙を狙う。体格と俊敏さは余程鍛えていない限りイコールにはならないと今までの経験で理解している。だからといって油断は禁物ではある。稀にタチの悪いのが混じってることがあるからだ。
周りを見回し、今周囲を囲んでいる者ら以外の気配がないことを確認する。そして右側に立つ男へ体当たりをかけるとそのまま脇目もふらず全力で走り出した。
(振り切れるか…?)
何しろ通ったことがない道だ。地の利は相手側に間違いなくある。ならば形振りなんて構ってはいられない。走りながらGHSを操作し、直通のSOSを発信するとそのまま走り抜ける。
どこに向かっているのか把握できないことに対しての不安は消せない。だがそれを気にして足を止めれば後に待っているのは複数による陵辱だ。幾ら兄の部下たちが優秀とは言え、実際にたどり着くまでにはそれなりの時間が必要である。その時間を稼ぐことはルドガー自身がしなければならない。
(マズイな…)
何より土地勘が怪しいのが一番まずい。相手は複数の上に地の利は向こうにあるのだ。久しぶりにかなり危ない状況に追い込まれたことに気がついて背を冷たい汗が伝うのがわかる。
あんな奴らに良い様にされるなんて願い下げだ。ひたすら回り込まれないよう気を配りながら走る。
しかしやはり地の利がある方が強い。徐々にルドガーは表通りから遠ざけられ、人のいない方に追い込まれていってしまった。
(まだ…来ないのか…?)
ルドガーのGHSは兄手ずからの特別製だ。通常のものよりも遥かに高性能である。居場所がわからないなどということはないはずなのに。
そもそも一対一であればルドガーも逃げることなどしない。幼い頃から事件に巻き込まれたり狙われたりすることが多かっただけに、しっかり護身術は叩き込まれているし、自身それなりの腕ではあるはずなのだ。
しかしルドガーは同じ年頃の者らと比べるとやや細身で何より軽い。複数で来られてしまうとどうしても劣勢になってしまうことはルドガー自身が身に染みているのだ。
こうして追い回されている間にもスタミナは徐々に削られている。それほど持久力に自信がない以上時間との勝負にしかならないのだ。
「しつこいっ」
人数がいるだけに相手側に余裕があるのが憎らしい。どう転がってもこちらに応援が来ない限りルドガーに勝ち目はない。
不意に横から飛び出してきた一人に腕を掴まれる。
「しま…っ!」
一度捕まってしまえばどうなるかなんて考えなくてもわかってしまう状況に血の気が引いた。
「離せ…!」
「よく逃げ回ってくれたよなぁ子ウサギちゃん」
寄稿分寄稿した物になります。 Adar mewn caets/ Border, vos volo exceduntm/ Amgylchiadau a chyffuriau eraill a chusan(データ復旧中) |
Adar mewn caets トリグラフ郊外の古い屋敷を手に入れたのは何時だったか、記憶に定かではないけれど。 何のために、か。恐らくどこかに願望があったのだろうとは思う。 大切な「宝物」を誰の目にも触れないところへ隠してしまいたいという、独占欲が。 荒れ気味の大きな庭を持つ、その古びた屋敷に連れてこられてからどれくらいの時間がたったのだろうと思う。時計のないこの屋敷ではあまり意味のないモノではあるけれど。 恐らくは失踪扱いになっているであろう俺の捜索は、相当難航しているはずだ。あの兄が、ここに繋がる痕跡を残すはずがない。 兄が何時からこのことを計画していたのかは俺も知らない。時折、知らない匂いをまとわりつかせて帰ってくることだけは気がついていたけれど。俺はそれを仕事の関連なのだろうと思っていたから。 これが香水であれば、誰か付き合ってる人がいるのだろうと思ったところだが、その匂いはどう考えても古びた何かを連想させるもので。どこかそういった場所にでも行かない限り匂いがつくことはないはずだ。だからこそ仕事絡みだろうと思っていたのだけれど。 ここに連れてこられて初めて気づいた。ここの匂いと兄が纏っていた匂いが一緒であること。そしてその意味に。 けれど兄に来い、と言われて躊躇うことなくその手を取ったのは俺自身。誰にも何も言わずに真っ直ぐにここへ連れてこられ、屋敷の中の一室に連れ込まれた。 古びた屋敷の中でその部屋だけは綺麗に整えられ、最新の黒匣を使用した機器で揃えられていた。今までどおり過ごせるようにという兄の気持ちだろうか。 それら全てを確認する前に背後からきつく抱きしめられた。首筋へと埋められた兄の吐息にゾクリと背筋に走った感覚が、性的なものを連想させるものであると気づいてしまった。 予感はあった。いつ頃からか兄の視線の中に感じる熱や、日常の仕草の中に俺に対する執着を幾度も感じた。恐らく兄なりに抑えていたものだったのだろうが、俺の中にも同質の想いが芽生えてた以上、意味は余りなかった様に思う。 互いに探り合う、それに耐えられなくなったのは兄の方だっただけ。いや、時間としては兄の方が長い期間耐えていたのだろう。その均衡を破ったのは俺の行動だった。 敢えて、反対の行動を起こした。それは兄の想いを確認したかった俺の気持ちの反動。既にギリギリだっただろう兄は、俺を誰にも見つからぬようにここへ連れ込んだ。 俺のために整えられた一室。そこで初めて兄に暴かれた。いつかと思っていたバランスは、既にここに連れ込まれた時点で崩壊していたことに、兄に全てを曝け出しながら自覚した。 寝台の上でいい様に食い荒らされたその日、寝返りさえも辛かったけれど。今では希になった兄の腕の中で、ゆっくりと眠れたことが嬉しかった。 起き上がれるようになって、目の前で足首に鎖を繋がれた。とはいえ室内は十分自由に動ける長さがある上に、足首に傷がつかないように慎重なくらいに柔らかな布があてがわれて。 兄の手を取ってここへ来た時点で、俺自身には逃げ出すなんて選択はこれっぽっちもなかったけれど。これでこの人が安心するならば、と黙って兄の行動を受け入れた。 それ以来、兄の居ない時間は鎖に繋がれ、限られた空間の中で過ごしている。食材も今は兄が手配しては持ってくるようになった。室内の届く範囲のあれこれも、正直マンションにいた頃より短時間で済んでしまう。空いた時間をどう過ごすか一度ならず悩んだけれど、直ぐに考えることを放棄した。 戻ったその人が以前と変わらない笑顔を向けてくれるだけで、安心してしまう自身に気づいたから。 何故こうして誰もいない閉鎖空間へと連れてこられたのか考えなかったわけでもないけれど。最近頓に周囲が騒がしかった、それもあの人の煮詰まりに拍車をかけたのだろう。二人で過ごす時間が酷く目減りして、どことなく苛立ちと疲労を隠せなくなってきていたことには気がついていたから。 家で落ち着いて過ごす時間をことのほか大事にしている兄のことだから、これ以上邪魔されたくないと思ったのだろうか。だとしたらやっぱり嬉しいと思う。マンションで二人で暮らしていたあの空間を、時間を愛おしんでくれていたそのことが。 嵌め込みの窓から時折空を眺めながら、ただ兄を待つ時間。それを苦にすることは一度もない。時折悩む素振りを見せる人に、後悔をさせたくないし実際後悔はしていないのだ。あの時兄の手を取る、その意味は痛いほどに理解していたから。 兄だけを待つ時間、それを楽しんでいる自分がいること。それにあの人が気づいていない事をいいことに、兄の心を縛り付けている。 離したくないと思っているのは俺も同じなのに。元々あの人が持っている罪悪感に上乗せするような状況に、密かに喜びを覚えているなどあの人はきっと想像すらしていないだろう。 俺だけの『宝物』を、誰も知らないあの屋敷に閉じ込めてしまった罪悪感と優越感。その狭間で揺れ動く自身の理性と感情が振り切れる。 マンションで暮らしていた時と同じように弟は俺を出迎えてくれる。明らかに変わってしまった関係。ぶち壊したのは自分だと、嫌というほど自覚がある。強引にマンションから連れ出し、閉じ込めてその体を暴いた。男が男に組み敷かれる、まして片親とは言え血を分けた兄に。そのときの気持ちは如何ばかりだったかと思うのに。 初めての朝、弟は動けないことに軽く文句を言っただけで行為そのものに関しては何も言わなかった。寧ろ幼い頃のように擦り寄ってきた。 一人で我慢させることが多かった。ここへ閉じ込めてそれをさらに悪化させていることも判っている。けれどそれが判っていても、周りからの干渉から隠してしまいたい、その衝動が抑えられなかった。 俺を人へと戻してくれた、唯一の存在。誰にも触れさせたくない、見せたくないと俺にとっての宝になったその時からずっと思っていた。自分の独占欲の強さに辟易したこともかず限りなくある。独占欲の中に性的なものが混じり始めたときは酷く悩んだものだが、同時にその想いへの誘惑の強さがこの場所を密かに手に入れる動機にもなった。 後からここの匂いだったんだ、とルドガーに呟かれて初めて弟が気がついていたことを知った。判らないと思った?と見上げられて、人の機微に敏感な弟がそれでも俺自身から言い出すのを待っていたことに気がついた。 いつでもそうだ。気遣って、守る立場の俺が気がつくと気遣われ、心を支えられている。傷つけたくない、汚いものも見せたくないと思うほどに弟の優しさに包まれ、癒されてきたのは自分ばかりで。 けれどそんな俺を受け止めて向けてくれる笑顔はここへ来てからも変わらない。俺の我が儘を通して閉じ込め、剰えその体も蹂躙した。一番見せたくなかった汚れた部分を曝け出してしまったのに。 場所は変わってしまったけれど、弟もまた二人の時間を守りたいと思ってくれていたからこそ、俺の暴挙も受け入れてくれたのじゃないか、と。 ここへ来て直ぐに弟の足に鎖を繋いだ。この状態でルドガーが自らここから出ていくとは思わないけれど、俺の中の臆病な部分が万に一つも失いたくないと悲鳴を上げる。 慎重に傷がつかないように布を当てた上から繋いだ鎖は、けれど室内は十分動けるだけの長さを保ってある。そしてその空間の中には鎖を解くための鍵も、目に留まる位置に置いてある。 気持ちを試している、と思う。試した上で俺を選んで欲しいなどと、どれほど驕った考えだと。それでも自分の意志で俺の元に留まって欲しいと願うのを、止めることができないのだ。 鎖を繋いだ時も黙って俺のすることを見つめていた。行為の後、シーツを体に巻きつけたまま己の足を繋ぎ留める、その一連を何も問うことなく受け入れた。その心を常に試している。 二度とここから出すつもりはないと告げたその時も、凪いだような静かな目をしていた碧玉。その中に揺らめいた熾火は、再確認する前に消えてしまったけれど。 日暮れてきた空を見上げ、大体の時間を読み取る。もう少ししたらあの人が帰ってくる。また今日も好物のトマト料理で出迎えよう、そう思い窓際から立ち上がる。 ちゃらり、と鎖の音が響く。兄が安心するならと受け入れたそれは、重さは感じるものの室内の移動を邪魔するものではない。それにこれを解くための鍵がどこにあるのか、それさえも目の前で行われて。 逃げようと思えばいつだって逃げられる、この状態で逃げ出さない意味を、あの人はどこまで理解しているのだろうと思う。 その時心に浮かんだ昏い悦びはずっと奥底で熾火のように燻っている。繋がれたあの瞬間に、一瞬溢れそうになった想い。必死に抑え込んだけれど気づかれてはいないか、少しばかり不安になったけれど。 兄の中で自分がどんな位置づけをされているのか、ここへ来てからの方がよく見えるようになった。だからこそ、兄の執着を煽りこそすれ、削ぐようなことは極力避けるように意識するようになった。俗なことをしていると思うのに、兄の中の俺は未だ綺麗な存在らしい。 けれどまっすぐ帰ってくるであろう兄だけを想う、この時間は以前よりも大切な『宝物』になった。それは俺の中の揺らがない真実だ。 閉じられた空間に繋がれた弟と、大切すぎて閉じ込めた兄。 本当の意味で捕らわれているのはどちらだろう…? END
Border, vos volo exceduntm 触れる温もりが何より大切だった。 伸ばされる手が頬を包み、額から閉じた瞼へと落とされる柔らかな感触。 幼い頃から馴染んだ、慈しみが込められたそれに堪えきれない雫がひとつ、こぼれ落ちた。 「おーいルドガー」 洗面所から兄が呼ぶ声が聞こえてくる。今日は休みの日だとは言え、基本的にそれぞれの準備途中に声をかけることは少ないのに珍しいことだ。 調理中のコンロの火を止めて呼ばれるままルドガーがに洗面所に向かうと、途方に暮れた表情のユリウスが鏡越しにこちらを向いた。 「どうしたの兄さん」 「悪い、これ引っ掛けちまった」 促されるままそこを覗き込むと一番上、襟元のボタンが何かに引っかかったようで。 中途半端にぶら下がったそれに小さくため息を吐くと、判りやすく下がったユリウスの眉尻が更に眉尻が落ちて。その情けない程の顔にルドガーは思わず吹き出した。 「すぐ直せるからちょっとそこ座って」 裁縫箱はリビング側。と言っても大きな縫い物をする事はないので小さなものしか置いてないのだが。 所在無さげに後ろを付いてきたユリウスをソファに座らせると、裁縫箱を取り出してその横に座り込む。 本当ならば一度脱いで貰った方がいいのだが、とそこまで考えて一瞬兄の広い背中が脳内を過ぎる。 鍛えられた肉体を頑強な筋肉が包んだ兄の背は、同性として憧れを抱くには十分過ぎて。ユリウスと恋仲になる前は羨ましいとよく触れていたことを思い出す。 しかし今は少しばかり目の毒で。不自然と思いつつもルドガーはそのままの状態でボタンを付け直すことにした。 「兄さん上向いててよ」 「このままか?」 「そう、下向くと刺さるからね?」 一応牽制だけはして針と糸の用意をし、糸切りバサミを手に取る。裏からひと針通したところで取れかけたボタンと糸を切って外すと改めてボタンを止めつけていく。 他のボタンに揃えて縫い付けたそれはさほど時間を取らずに終わり、いつもの癖で歯で糸の処理を終えるとルドガーは苦笑とともに顔を上げた。 瞬間、至近距離で視線が交わって。 「--っ」 背に受ける衝撃と唇を覆う熱。何が起きたのか、直ぐには判断できなくて。パチリと開いた視界に大写しになったユリウスの顔にようやく事態を把握する。 しかし、だからといって何がどうしてこうなった、という混乱がなくなるわけではなく。唇を割り、傍若無人に口腔内を荒らす舌と躰を弄る手にむしろ惑乱は深まるばかりで。 唇を触れ合わせる時も、身を寄せ合う時もいつもユリウスはルドガーを怖がらせないように、包み込むように抱きしめてきた。 けれど今のこの状況は、それとは明らかに違う。荒々しく口腔内を荒らす舌は強引にルドガーのそれを追い詰め、絡め取り。弄る手はルドガーの服を性急にはだけさせ、素肌を探っている。 「…っにいさ…っ」 漸く唇を解放されたと思う間もなくそのまま耳を弄られ、首筋へと濡れた感覚が移っていく。同時に性急なまでに肌を伝う手が背を滑り、胸を伝い上がっていく。 あからさまな行為の様相に頭の中が混乱する。こんなふうに強引に求められたことなど一度もなくて。なのに背筋を悪寒ではない何かが這い上がってくる。 探る指先が胸の尖りに触れた瞬間、それは顕著なものになった。 「…んっ…!」 抑えきれずに漏れた声。それに艶が混じってしまったことに気がついて思わず唇を噛み締める。 しかしそれに兄が煽られてしまったことにまで、うっかり気がついてしまったのは良かったのか悪かったのか。 「…ま…!にい…さ…!」 必死に耐えるにも兄の愛撫は的確で、経験の浅いルドガーにはどう躱せばいいのかさえも考えられなくて。 気がついた時には混乱の極みに達したルドガーの瞳から、ポロポロと透明な雫が溢れ出していた。 感情の波が振り切れてしまってなかなか止まらないそれに動揺するも、既に意志の制御から離れてしまった涙腺は全くルドガーの思い通りにはならない。 「すまんルドガー…」 ルドガーの涙に我に返ったのだろう、ユリウスの拘束する手が緩む。身を離そうとしたユリウスの服を、しかしルドガーは掴み締めた。謝ってほしいわけではないと嗚咽だけが溢れる声を押し殺して必死に首を振って。 同じ男である以上、どのみちここまで追い込まれてしまっては一度欲を吐き出さなければ収まりがつかないことは、あまりこういった経験のないルドガーとて判っているのだ。 止まる気配のない涙を唇で拭う。ルドガーが幼い頃からのユリウスの慰め方が変わらなくて。 ふと苦笑が漏れた。 「ルドガー?」 「ごめん…びっくりしただけだから」 頬に触れてくる手の温もりに擦り寄る。昔からの癖はどんな時でも変わらず安心感を与えてくれる。 漸く止まった涙の痕を男らしくも繊細な指先が辿る。小さく溜息を吐いて笑みを浮かべると、ユリウスにも小さくため息を吐かれた。 「?」 「…ルドガー…」 困ったような笑顔。目尻から伝った涙の痕を辿る指先が髪を梳いて、耳元を擽る。額、瞼と落とされた唇がそっと唇に落とされて。額を合わせて鼻を擦り合わせる。 僅かに色味の違う互いの目を覗き込んで、もう一度唇を合わせる。穏やかないつもと変わらぬ触れ合いが戻ってきたことにホッとするも、現状に気がついて。 ソファに押し倒され、下半身が密着している状態でお互いの熱の具合などバレバレだ。 「えっと…」 「ああ…まぁ、な」 仕方がない、と覆い被さったままのユリウスが苦笑する。本能からの反応はどうしようもない、とお互いに滾るそれを持て余しているのは一緒なはずのに。 ユリウスの態度に余裕を感じたのが少しばかり悔しくて、恐る恐る兄の熱へと手を伸ばす。しかし常にない熱を感じて途中、指先が震えて上手く前立てを外すことができずにいると緩く指先を握られる。 「無理しなくていい」 「でも…」 熱が上がったままの頬に小さくキスを落とされる。まるで任せろ、とでも言うようなそれにやはり経験値の差を感じてしまって。 悔しくて俯いてしまったルドガーにユリウスが苦笑する。小さく耳元で囁かれた言葉。 「兄貴に格好つけさせろよ?」 俺だって本当に大切な相手に触れるのは初めてなんだ、緊張してないわけがないだろう。そんなことを言われて抵抗なんてできるはずもなく。 カチャカチャとベルトを外す音と前立を開ける気配。同じくルドガーのそれも外されて。 直に触れられる感触に思わず躰が跳ね上がった。 「っ…!」 顔に更に熱が上がっているのが判るが、それこそどうしようもない。硬直した躰を抱き寄せられて耳元にキスを落とされて。 「ルドガー…」 瞼への口づけとともに再び熱を孕みだした声が耳を打つ。だが先程のような荒々しさは影を潜め、包み込むような愛撫はルドガーの心と躰を蕩けさせていく。 「…っふ…」 兄の指が二人分の灼熱に絡みついて直接的な快楽を引きずり出す。一方で与えられる柔らかな温もりに一度は収まった涙が再び溢れ出した。 戸惑う気配に首を振って兄の背へと手を回す。驚きや動揺が完全に消えたわけではないけれど、こうして欲しがられることへの喜びも一方で持ち合わせていることにも気がついてしまった。 今までの穏やかな関係が嫌なわけではない。むしろそれを無くすことなど考えられはしないのだが、それでも。 こうしてあからさまに求められることにも安心を感じるのだと知ってしまった。 煽られる快楽の中、思考が纏まらなくなる。噛み締めていた唇はとうにその役目を果たすことを放棄していて。 溢れる声にどこか満足気な気配を感じても、それに対しての意趣返しさえも思いつかない。 熱情に掠れた声と共に一際強い刺激が与えられて。 熱の放出と同時に腹の上に感じた濡れた感触に、兄もまた同時に達したのだと漸く理解するのが精一杯だった。 呼吸が落ち着くまでそのまま身を寄せ合って。クスリと届いた息の音にまだぼんやりとしたままの視線を漸く合わせる。 ルドガーの視線に気がついたのだろう、ユリウスが今度ははっきり苦笑を浮かべた。 「いやな、俺もまだまだだなって思っただけなんだが」 そう前置きをして兄がぽつりぽつりと零す心情に耳を傾ける。 キスをして抱きしめ合って。穏やかな時間を持てるだけでも十分だと思っていたのに。もっと触れたいと思う気持ちを止められなかった。 お前はあまりこういうことに興味がないように見えたからな? そう、言われて思い返す。 実際同級生たちが話すY談にはあまり興味がなかった。可愛い女子に目が惹かれることはあってもそれ以上どうにかしたいと思ったこともなかった。 それよりも仕事で疲れて帰ってくるユリウスを、温かく迎えてやりたいと思う気持ちの方が強かったから。 少しでも、家で寛げるよう気を配ることのほうが楽しかった。手をかけた料理を嬉しげに食べてくれる姿を見ると、次はもっと美味しいものを作ってやりたいと思った。 家族だから当たり前と思っていたその感情に別の名前がついているなんて、つい最近まで考えてもいなかった。 だろう、と苦笑混じりに髪を梳かれて。 お前の中の気持ちが熟すのを待つつもりだったのにな、とやや自重混じりに呟かれた言葉に。そこまで兄に包まれていたのかと改めて思い知らされて胸が苦しくなる。 まぁ暴走した時点でアウトだけどな?笑ったその唇に思わず口付けた。 溢れた気持ちを伝えたかった。 全力で守ってきてくれたこの人の気持ちを、守りたいと思った。 言葉にならない気持ちは三度涙となって溢れてきて。隠したくて顔を伏せたところでバレバレだろうと思ったけれど。 「泣き虫ルドガー、目が溶けちまうぞ」 幼い頃から変わらない、優しい声があやす様に囁きかける。 子供扱いされていると思う反面、もう少しだけ甘えていたい気持ちもあって。 ごめん、もう少しだけ時間をください。 貴方と対等に歩める存在になるための時間を。 今はまだ、もう少しだけ。 貴方の腕の中で甘えさせてください。 いつも自分の考えなどお見通しだと言わんばかりの兄に、この気持ちも伝わってしまっているかもしれないけれど。 心の中でルドガーはそっと、呟いた。 Fin.
我愛?■
原作ベース:一度だけ、から始まる兄弟の恋話。 side:L sample/ side:J sample(準備中) |
耐え切れずに零した想いのカケラ。
兄がどんな顔をしていたのか、怖くて顔を上げられなくて。
ただ、震えるしかなかった。
起床した時に下半身に感じた違和感を押し殺してゆっくりと起き上がる。夜明けまでにはまだ少しばかり早い時間に目が覚めるなど滅多にないけれど。
仕方がない。二度とあるかどうか判らない時を過ごしたのだ。最愛の兄の腕に抱かれるなんて。
正直受け入れてもらえるなんてこれっぽっちも思っていなかった。弟として愛されていることは痛いほど判っていたけれど。
望んでしまったのはと恋人しての愛情。片親だけとは言え血の繋がった兄弟で、男同士でなんて。兄ほどの人がそんなリスクのある恋愛に身を窶す必要など欠片もない。これで愛想を尽かしてくれればとどこかで思っていたのも事実だ。
そうでもしなければ、俺の中のこのしつこい程の恋心に終止符を打つことなんて出来そうもなかった。だからこそ、の告白だった。
戸惑いながらとはいえ、まさか兄が同情からとは言えその要望を受け入れるなんて、これっぽっちも考えていなかったのに。
昨夜、兄に抱かれた。同情から、と判ってしまう表情を消しきれないまま、それでも俺が傷を受けないよう精一杯手をかけてくれた。
元々受け入れるところではないから痛みが完全に消えることはなかったけれど、兄に与えられる感覚は俺に望外の喜びを味わわせた。最愛の人の熱を受け入れることができた、それだけで心が震えた。
けれどそれも一夜の夢。突き放されることを覚悟していたのだ。触れてもらえた、それだけでもう十分だと思った。
なのに、溢れてくる熱い雫が止まることがなくて。返してもらえない想いの辛さに涙が止まらなくて。
傍の温もりがひどく遠く感じた。
思いつめた表情の弟から懇願された願い。
感情表現が不器用な弟の、精一杯の告白。それをどう受け止めたらいいのか。
ただ、震えながら零れた涙がひどく綺麗に見えたことが、とても印象的だった。
越えてはいけない一線を越えた夜。腕の中の体が限界を超えて意識を飛ばしてしまっても離すことができないほどに理性が焼き切れていた。
涙の跡が濃く残るその顔を見て漸く衝動を押さえ込めたくらいにのめり込んでいた自分に衝撃を受けて。
情熱のラビリンス☆
パラレル設定:遊郭ものです。 |
過去からの来訪者ヴィクトル分史: |
乱反射
|
Other
FA
■原作ベース/□軍部もの/◆パラレル/◇女体化
でできるだけ表記します。ほぼFA。
FAのみ旧サイトとかぶっているものがありそうな気がスルー_(:3」∠)_
士官候補生□
軍部ものです。兄弟の体が戻ってからのif設定です。
天国の扉はオフライン展開予定です。本編どうするかは思案中。
士官候補生-第一部-:@AB 天國の扉:冒頭SAMPLE/ BLANCA:SAMPLE(準備中) |
***Prologue
生まれてこのかた、数多く喧嘩してきた。
一つ違いの兄弟なんてそんなもの。
兄弟って言うより一番身近な親友でライバルで。
性格が違えばそれは顕著になるばかり。
上がやんちゃで下がしっかり者。
体格が逆転してようものなら取っ組み合いの喧嘩など日常茶飯事になろうというものだ。
実際幼い頃はそんなことはしょっちゅうあったけれど、一人で眠るのが心もとなくて夜にはどちらともなく仲直り、というのが定番だった。
しかし。
それではきかない喧嘩が歳を重ねるに従って時折勃発するようになった。
それぞれの主張がぶつかり合い、譲らない時。それは互いの存在を一番に認識する時で。
お互いが別個の存在であることを再認識する。
喩え同じ両親から生れ落ちたとしても別個の存在であること。
余りにも近くて普段忘れてしまっている当たり前のこと。
大切な存在であることは変わらずに・・・少しずつ自分との違いを認識していく。絶対の保護の下、徐々に意識が変化して、それぞれの道を見出していく。それが多分普通の兄弟のあり方であったのだと今なら判る。
けれど。
僕らはそれ以上に近くあった。
近くなければ生きていけなかった。
全てが終わって僕らのあり方までも無かった事になんて今更できるはずなんてないのに。
判っててやってるなら性悪女より性質が悪いよ。
僕ら二人が身体を取り戻して暫く、戻った感覚に戸惑っていた僕がようやく落ち着いたころ。兄さんはその話を切り出した。
「学校?」
「ああ。お前医学系に興味持ってたろ」
そう言うと兄さんは数冊のパンフレットを取り出した。
どれも医療系のもので、それぞれに得意分野が違うもの。得意分野で一流といわれるところばかりだ。
そのどれもが以前僕が興味を示したことのあるものばかり。
全部覚えててくれたんだ。
こういう時兄さんにかなわないなって思う。兄さんがいかに僕に心を砕いているか、思い知らされて胸が潰れそうになる。
だけど。
「僕が学校行くとして兄さんはその間どうするのさ?」
「オレ?オレはいいんだ」
「いいって何だよ」
どうせろくな事考えてない。いつだってそうだ。自分のことは後回しで。
むっとした僕をちらりと見ると兄さんは言葉を続けた。
「切羽詰って何かする必要もないし当座金に困ることもないしな。うちでのんびりしてるよ」
その返答にピンと来た。
兄さんは軍に戻る気だ。
むしろもうその手続きは済ませているんだろうって。
全部手続きを済ませた上で僕に話を振ってきたんだろう。僕の進学先だって後は僕次第くらいまできっと話を詰めてあるんだきっと。
でも用意周到なようで嘘つくのすごく苦手な兄さん。僕に嘘を吐き通せると思ってるんだろうか。今までだって成功したことないくせに。
そんな風に嘯いて僕を学校へやろうとする。自分だって学校に興味ないわけないのに。義理を果たす方を選んだのだろう兄さん。
何よりも大切だと思う貴方を恨めしく思うのはこんなとき。
貴方と離れることが僕にはこんなにつらく感じるのに貴方はそうじゃないの?
貴方が傷つくと判っていてもついこぼしてしまいそうになる。
兄さん。
僕は貴方にもう一度命を授けられた。
だからこそもう二度と貴方を一人にはしたくないのに貴方は平気な振りで僕を安全なところへ遠ざけようとする。
今までどんなに困難な道でも一緒に歩いてきた僕を。
それを僕が素直によしとするかぐらい判らないはずはないのに。
それでも実際に兄さんが動き出すまでにはまだ時間はあると思っていたのに。
兄さんが実際に行動に出たのは僕の予想を遥かに上回る、まもなくのことだった。
確かに最近よく一人で外出するなと思ってはいたけど。
それがこのため、だったなんて思いもしなかったよ。
その日は珍しく兄さんが僕よりも早く起き出していて。
いつも一緒に眠っているベッドの上で一人目を覚ました僕は、妙な気だるさとともになんとなく、嫌な予感を覚えた。
前夜の兄さんの様子がどことなく妙だったのも引っかかっていたんだと思う。
風邪をひいたのとは違うだるさの残る体をやっとのことでベッドから引き剥がすと、唯一気配を感じる階下へと向かった。
けど・・・熱が出たわけでもないのに妙に並行感覚が怪しいってなんなんだろう。ちょっと頭痛も吐き気もあるし。
煌煌と明かりのついたリビングへ続く扉には一部ガラスがはめ込んであって中の様子が窺えるようになっている。
実は何かあると隠そうとする兄さんの様子をうかがうにはこれが非常に役に立ってたりする。そこまで見越してこの家を僕らの住まいにと用意してくれたのかと勘繰ってしまったくらいには、だけど・・・
けれどその朝そこに僕が見たもの。それは真新しい軍服に身を包んだ兄さんの姿。
初めて銀時計を手にした時、その意味の重さに震えていた兄さん。旅をしてる間、時としてその重みに潰されそうになりながらも必死に歯を食い縛って耐えてきた。その全ての荷をようやく降ろせる今になってなぜあんなに嫌がっていた軍服にあえて袖を通す気になったのか。
理由なんて考えなくても判ってる。
けど・・・それでもなんで、と。
何でも今まで相談して二人で決めてきたのに、何よりそのことを僕に一言も相談することなく選択したことが信じられなかった。
まずったって顔してる兄さんに、僕に見つからないうちにこっそりと出ていくつもりだったのが見える。もしかしたらこの妙なダルさって夕べ寝る前に珍しく兄さんが入れてくれて二人で飲んだホットココアに眠り薬でも仕込まれてたのかもしれない。
僕に見咎められずに出ていけるように。
残念だったね。僕の貴方に対する執着がそんな薬ごときでどうこうなると思ってたんだ?
それこそ僕に失敬だよ。貴方の気配はどんな時でも追える。例え全く動くことができない状況であったとしても、だ。
「兄さん・・・どう言うことか説明してくれる?」
「・・・・・」
「っていうか。状況は貴方の態度で大体想像通りだろうってことくらいは判るけどさ」
ちらりと視線を流した兄さんを見据えて反論の言葉を封じこむ。兄さんも僕の口調にどれだけ頭に来てるか気がついたようだ。
少し眉間にしわを寄せて、困ったなって顔されて。
いつもならば誤魔化されてやるその表情。でもそれで今回はごまかされてやる気は毛頭ない。
僕は、貴方のそう言うとこだけはどうしても許したくないし納得したくもない。貴方の犠牲的精神はただの自己満足だ。利用され、あまつさえ良かれと思ってしたことを逆恨みされたことなんて数えきれないくらいあるのに。
そう何度僕が言ってもこれだけは一向に聞いてくれない。
いつだってお前よりはマシだ、と。見た目だけで判断され続けた僕の数年間ってものを気に病んで。
それだってもう僕にとっては過去のものだというのに。
貴方は誰に、いつまで贖罪し続けるというんだろう。
「兄さん」
「…時間だ。続きは帰ってから聞く」
それじゃ遅すぎる、と。反射的に思った僕の直感は間違ってなかったんだと。
逆に言えばそこで何が何でも兄さんを止めれていれば僕らのその後の数年間っていうものは明らかに違ったものになっていただろうとは、その時の僕は知る由もなかった。
◇ ◇ ◇
一人きりの時間がこんなに長いものであったことを僕はいつのまにか忘れていたようだった。
あれほど夜が来るのが嫌だったというのに。
兄さんが出ていってから何をしても手がつかなくなっていた僕は、早々にその日やるつもりでいた諸々のことを諦めて頭の中の整理に専念することにした。
それだって効率が悪いことには変わりないけど、下手にこの落ち着かない気持ちのまま作業をして、端から今まで積み上げてきた研究をぶち壊す気にはさすがになれない。
そもそもこの研究のきっかけ持ち込んだのだって兄さんだ。
僕の学校進学を望んだ兄さんの希望は結果として半分だけかなえられた形になっている。というのも国家錬金術師として名を残してきてる兄さんのすぐ傍らで常に行動を共にしてきた僕の実力は思った以上に評価が高く、結果として生徒ではなく定期的に結果を報告するだけで実際には自宅で研究を続ける非常勤研究員という大変微妙な肩書きがくっつくことになっただけで。
下手な横槍が入らないのをいいことにちょっと手の込んだ研究題材に兄さんを巻き込んで現在に至っているっていうのが今の僕の状況。
当然兄さんも主になる研究は別に持ってるからコレに関してはアドバイザーの立場を貫いてるのだけど、僕がこの研究に何カ月かけてきたか知っててこの大詰めの時期に行動に出るかバカ兄。
と。
そこでふと嫌な考えが頭をよぎった。
・・・もしかしてこのタイミングってやつを兄さんは狙っていた?
お互いの研究の進行状況なんてものはナニを見なくても判っている。あえて僕が大詰めで手が離せなくなってるこの時期を狙って兄さんが事を起こしたんだとしたら。
手酷い裏切り、だと思った。
兄さんの様子からするとそれはあながち外れてはいないんだろう。
あのまっすぐ相手の目を見て話をする人が今日、僕が起きてきて兄さんが出かけるまでの間一度も目線を合わせようとしなかったことからも簡単に想像がつく。
痛いほど自覚があるってことだし。
しかしそうなると改めて兄さんの外出を止められなかったことはかなり痛いことになるのかも知れない。
ならば今の、兄さんを止められなかった僕ができること。できることなんてのは数少ないけどその中でも僕が選択することなんて考えるまでもない。
兄さんの後を追いかけるだけだ。
兄さんは間違いなく反対する。けど一番最悪な方法で僕の執着心に火をつけたのは貴方なんだと。
最も効果的に思い知ってもらうにはどうしたらいいだろうね。
考えれば考えるだけ、ふつふつと沸きあがってくる怒りに我を忘れそうになる自分を叱咤しながらそれでも必死に考えて。
それでも。
答えは変わらなかった。変わるわけがなかった。
一番兄さんが望まない道。それは兄さんが選んだものと同じもの。
軍の狗としての、多分今まで以上に厳しい道だ。
貴方があえてその道を選び、自らの手を汚すつもりなら僕もまた地に堕ち、汚泥に塗れることを厭いはしない。
罪の記憶を忘れることができずにいる貴方の傍で僕一人のうのうと過ごせる訳なんてないのに。
共に堕ちることを望む僕を貴方はいつになったら理解してくれるんだろうね。
かたん、とそのとき玄関から物音が響いた。
周りに目を向けてみるととうに日は落ちていて。いかに思考に埋没していたのかを改めて実感させられて。
そういえばお腹が空いてる気がするな、とようやく思い出した。
「・・・・アル、なんだいるのか」
真っ暗な室内に僕がいるとは思わなかったんだろう、兄さんの驚いた声。続いて明かりが灯されて眩しさにきつく目を瞑った。
しばらくして灯りに慣れた目で改めて兄さんを見つめる。
思ったとおりだ。想像通り疲れの陰が見える様子にため息が止められない。
今までだって兄さんの働きは現場を見ていない奴らには過小評価されがちだったから、どこに配属されたにしろたんまりと嫌みや妬みの嵐を食らってきたに違いない。
今までならぶちぎれて暴れてもフォローが期待できたけど、これからはそういうわけにも行かない。そこら辺、こらえ性のない兄さんが果たしてどこまで耐えられるか。
けど…きっとこの件に関しては決して僕には泣きついてこない。一度こうと決めたことは根底からひっくり返さない限り二言のない人だから。
こうなった以上、僕にできることはやっぱりさっきまで考えてたこと以外にないな、と改めて思う。兄さんの思惑のことごとくを根本から突き崩すこと。面倒だけど仕方ない。徹底してやらなきゃこの人はちっとも堪えないし。
全く・・・色々まとめて事後報告された僕の心情も少しは気遣ってもらったって罰は当たらないと思うんだよねほんとにさ。
そうと決まれば後は行動するのみ。兄さんに不振がられない程度に文句を言いながらしぶしぶし従うって演技もかなり難しそうだけど。今までみたいに一緒にいる時間は相当減るだろうから何とかなるだろう。・・・・・たぶん。
「アル」
「・・・そんな疲れた顔してちゃ問い詰める気も失せるよ」
大げさなくらいにため息をつきながら、少なくとも今は朝の続きをする気はない、と伝える。実際僕に話し合う気はないんだからコレは演技の必要もないんだけど。
っていうか今何時なんだろ。外真っ暗だし・・・・ご飯の用意なんて何にもしてないや。
所在無げに立ち尽くしてる兄さんに着替えを促しつつ、今ある食材を頭に浮かべ簡単に準備ができるものを考える。
「ご飯の用意何にもしてないんだ。準備するからとりあえずシャワーでも浴びて着替えといでよ」
「あ・・・・あぁ・・・」
浴室のドアが閉まる音を聞きながら、手早く有り合わせのもので作れるものを準備する。
こんなことがなければ今日は買い出しに出かけるつもりだったから、大した材料って残ってない。
まぁでもそのあたりは自業自得ってことで文句は聞くつもりもないけれど。
兄さんも僕がどんな思いで今日一日過ごしたのか、多少は想像つくだろうから期待もしてないだろうけどさ。
程無く二人がとりあえず腹を満たせるだけのものがテーブルの上に並んだところでカラスの行水の兄さんが風呂からあがってきた。
相変わらず一人だと汗とほこりを落としてくるだけらしい。
構わないの知ってるからよく僕が入浴中に引きずり込んでは磨いてたりするんだけど…ついでに油断するとしょっちゅう小さな傷が増えてたりするからそれのチェックも兼ねて、ではあるんだけど。
僕の目論見を完遂するには、もしかしたらそういった関わり方は当分控えたほうがいいのかもしれない。
僕のことには無駄に敏感な人だし。
兄さんが定位置に座ったのを確認して、手を合わせた。
母さんがいたころからの習慣はいまだに抜けない。
「・・・・ちゃんと食べてよ」
食べながら目線がこっち向いたままの兄さん。
きっとなに食べてるか判ってない。
気になることがあるとみんな吹っ飛ぶのも相変わらずだとは言え、さすがに食事時にこれやられては気分のいいものではないんだけどな。
こればっかりは意識してるわけじゃないようで、なかなか直らない。
表向き渋々ながら兄さんの申し出を受けた僕は直後から裏工作へと奔走した。
パンフレットだけじゃ判らないからとそれぞれの大学を見学しに行く振りで大佐・・・今は中将まで上った人の手を借りて兄さんと同じステージへ立つための手配を進める。
僕自身が望んでかの人の手駒になることなんて兄さん絡みでしかないことを承知の上で受け入れてくれる人。
兄さんの上司があの人でよかったと思うのはこんな時だね。口では厳しいこと言うけどいつだって兄さんが前線に立たずに済むよう裏で必死になって手を回してくれてたこと、僕らは知ってる。
でもそんな人であっても今の僕にとってはただの手駒でしかない。
兄さんあっての手駒。
だけどそれは僕にとっても同様で。
軍に入り、国家錬金術師の資格を取れば僕は兄さんと同じ立場に立つことになる。
何よりも今、僕自身がそれを望んでいる。
一人でなんて行かせない。
どこまでも貴方と歩いていくために僕は貴方と同じステージに立つ。
たとえそれが茨の道だったとしても後悔はしない。
僕自身が選んだ道。
大学の入学式に出席する振りで家を後にした僕と、軍の入隊式へ参列するためにセントラルへとやってきた兄さんが鉢合わせするのはまさにその当日の会場でのことだった。
それは恐らく。
全体数からすればごく僅かの量であったのだろう。
けれどその僅かな量の違いが招いた結果は。
当初想定していた範囲を遥かに上回って。
崩れ始めた周囲に一瞬気づくのが遅れた。
「しまった・・・!」
次の瞬間
誰か、に庇われた。
そう僕が認識する間もなく、意識が暗転した。
意識を取り戻したのは病室のベッドの上だった。
目に飛び込んできた見慣れない天井に、頭の整理が追いつかない。
「・・・?」
なんで家ではないところで寝ているのか。
疑問に思うことだけはできたものの、それ以上が思い当らず。
少しでも情報が欲しくて目線を横に流した。
「!」
少し離れた横に並んだベッド。
その上に所々包帯を巻かれて横たわっていたのは。
それが安全な場所で見ていたはずのエドワードだと認識した途端、一気に混濁していた記憶がフラッシュバックした。
大規模な施設の爆破解体作業。
本来なら僕に回ってくるはずのない作業のはずだった。
細かく破壊したい部分をどうしても、と。
わざわざ断りにくいルートから話を回されてきたあたりに少しばかりの胡散臭さはあった。
けれど。
大したことはない、と。
思ってしまったのは事実。
本当に大したことはなかったはずだったのだ。
火薬の配合と、仕掛ける位置。
任された以上は万全を期す。
それはいつもと変わらない、確認であったはずだった。
果たして。
破壊する対象が計算以上にもろくなっていたのか。
あるいは。
誰かに仕組まれ、手配した爆薬をすり替えられたのか。
真偽を確認したくともすぐには許可は下りない。
その間に証拠はどうせ消されてしまうだろう。
一体どこを、見ていたんだ僕は。
あの状況で僕に何かあったら。
僕を庇うことができる人なんて他にいるわけないのに。
みすみすこの人を飛びこませるなんて。
たまらず傍へ寄ろうと飛び起きた途端、全身に激しい痛みが走る。
爆風の直撃を受けて、受け身も取れずに吹き飛ばされ叩きつけられたのだ。
痛みに呻く視界の端に入った包帯の白さを認めてようやく病室に入れられてる現状を納得したところで声をかけられた。
「気がついたか」
病室の入り口に見慣れた上司の顔があった。
声をかけられるまで、病室のドアが開いたことも気づかなかったらしい。
まだ眠ったままの兄さんの顔を見詰めたまま、ぐるぐると思考の罠にはまっていたことに気づく。
「その様子では大体のことは思い出したようだな」
ならば細かく説明する必要はないだろうとあっさりまとめられ。
いくつか情報のすり合わせをしたところでおおよその推論に誤差がないことを確認すると、現在の調査状況を知らせてくれた。
曰く、爆破範囲の想定外の拡大の原因は現在大至急で調査を進めている。
結果が出次第また連絡する、と。
どちらにせよ結果が出るまでは動けない以上、悪い結果が出たときにはすぐに動けるよう十分休んでおけと釘を刺されては、解放してくれとも言うわけにいかず。
やむを得ずもうしばらくのベッドの上での生活を甘んじることにした。
とはいえ。
横になったものの、やはり考えてしまうのは事故のことばかり。
僕が全部の最終チェックを終えてから、実際に爆破させるまでの時間。
万一を考えてできるだけ時間を空けないように組んであった。
あの短時間で細工が果たしてできるものか。
あまりにも、手際が良すぎる。
判らない。
対してこちらにはあまりに情報が少なすぎる。
「畜生・・・」
何もできない現状が腹立たしい。
数か所の怪我以外に大きな怪我はないよなものの、あれから一度も目覚めてないらしい兄さんの様子も確認したいのに。
少しでも動こうとすると爆風に煽られた全身が軋んで悲鳴を上げるこの状態では、すぐ隣で眠っている兄さんの具合を診ることもできない。
思うように動けないことが歯がゆくて仕方がなかった。
黒と赤の輪舞曲◆
ヴァンパイア設定です。一度書いてみたくてグツグツ煮詰めております。 蜜薔薇の語らい《番外》:冒頭SAMPLE/ |
* * *
「あー疲れたっっ!」
ホテルの部屋に戻ってきた途端、そう叫んできっちり着込んでたスーツのネクタイを解きにかかった存在に苦笑する。
彼は本当に堅い場が苦手なのだ。
正直僕と出会うまでよくも一人であの華やかな世界を渡って来たものだといつも思うのだが。
「もぅ・・・せっかくの僕の傑作、そんな簡単に壊しちゃわないでよ」
スタンダードな結び方もいいのだけれど、彼には変わり結びのほうが映える。
毎度僕が工夫した結び方をするのをあきれ半分で見ている本人は、スタンダードな結び方も覚束ないものだからいつも僕にされるがままだ。
ついでに結ぶのもダメなら解くのも実はダメだったりする。
大抵こんがらがって途中で泣き言言い出すのにいつも僕が解くまで我慢できないんだよね。
今ももたもたチャレンジしてるけど・・・音を上げるのは時間の問題だろう。
「ほら、そんなに引っ張ったら解けるものも解けなくなっちゃうよ。貸して兄さん」
実のところ本当はボクの方がはるかに年を重ねているんだけど、肉体の年齢設定が彼のほうが一歳だけだけど上というので便宜上『兄さん』と呼んでいる。
実際どっちが上に見られるかって言ったら僕のほうが上に見られるのが普通だ。けど彼はボクが『兄さん』と呼ぶことでどうやら満足してるらしいのでそれはそれでいいかと内心苦笑しつつも彼の望むようにしてるのが現状だ。
その他短編
パンくず状態ですがよせあつめてみました。 |
ふらり、と前を行く兄さんの躰が傾いだ。
とっさに伸ばした僕の腕の中くずおれた兄さん。
しょっちゅうお腹出して寝てるくせに滅多なことで風邪を引いたことのない兄さんだけど年に1・2度急に高熱を出して寝込む。たぶん普段気を張ってる分の疲れとかが一遍にでてきてしまうんじゃないかと思うんだけど…正直こういう時生身の感覚がないって困る。明らかに熱があるって見ないと判らないんだよね。
だから実際我慢の限界を越えるまで我慢しちゃう兄さんに気づかずにって過去何度もやってしまって。その度に随分とはがゆい思いをした。
ついでにいうとこれで何度も喧嘩してもいるんだけどこれは兄さんも譲る気がないらしいから僕が気づくしかないみたいだ。今回は困ったことに見逃してしまったらしい。
幸い今夜宿を取るつもりでいた街に着いたとこだったので意識の飛んでる兄さんを抱えて宿屋に走る。
早く休ませてやるのももちろんだけどそれ以上にこういう時の兄さんは一人にしておけないから。
部屋を確保し兄さんを寝かしつけるとそのまま再びフロントに戻る。洗面器とタオルと水。氷はこの際錬成してもいいからとそれだけを確保すると慌てて部屋に戻ろうとした。
けどたどり着く前に部屋から結構大きな物音が響いてきた。
部屋に飛び込むと案の定躰の自由がきかないはずの兄さんが無理に動こうとしてベッドから落っこちてて。
抱き上げて寝かせなおして額に触れると焦点の合わない眼で僕を確認して。
ようやく安心したように息を吐いた。
兄さんが何回目かに倒れた時に気がついた。
こうして高熱で倒れた時にどうもフラッシュバックが起きてるようで「あの時」みたいに滅茶苦茶に僕を探そうとする。
だから。
僕が傍にいるって判らせるために必ず手を握って確認させて。
悲鳴を上げる心をゆっくりと休めさせてあげたい。
こんな時しか休もうとしない兄さんだから。
こんな時に不謹慎だけどこうして休んでる兄さんを見てるととても可愛らしい。
本人に面と向かっていったらきっとぶん殴られるけど。
こんな姿を見せてくれるの、僕だけなんだって思ったらちょっとだけ嬉しい。
精一杯背伸びして大人たちと遣り合って。
気持ちが疲れないわけないんだ。
熱が下がればまた休むまもなく走り出す。
今だけだって判ってるから。
ゆっくり休んで。
Fin.